LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第8話
魔力暴走
 
 
 ピィィィィィィィィィン
 
 その甲高い音は右から左へ波が走るように響き、壊れていった。
 光を映した透明な硝子は、その忽ちの音と共に傷を作っていく。
 
 その時、オフェリアの意識は白くなった。
 その雷の光が、封じていたはずの記憶を呼び覚ます。
 
 そこは、その時までは暖かな春の日差しで溢れていた。
 大きな湖の周りには色鮮やかな花たちが咲き乱れ、そこに息づく小さな虫や、動物達が散歩を楽しんでいた。
 だが、それが起こった時、咲き乱れていた花々は怯えるように蕾を閉じ、動物達はまるで死んだように眠りに落ちた。
 目の前にあるのは、静寂と、銀の世界。
 自分の手に降り積もる小さな雪の結晶の温度さえも感じることが出来なかった。
 その時オフェリアは、その天災を自分が引き起こした事さえわからずに、涙を流すことしか出来なかった。
 
「メアリ!」
 
 反射的にオフェリアは、椅子を立ち上がり、その倒れた少女の名前を呼んでいた。 
 そして、発した自分の声に我に返る。
 現実に引き戻された時に視界に入ったものは、ひび割れた窓硝子と、床に横たわっているメアリの姿。
(まさか……まさか……?)
 頭に過ぎるのは、一つの考え。
(もう、あんなことは……)
 オフェリアは、無意識のうちに胸に手を当てていた。
 
「魔力暴走なんて……」
 
 オフェリアは、知らないうちに小さな声で、そう呟いていた。
 
「メアリ!」
「メアリさん!」
 そうしている間にも、時は動いていた。
 メアリの前には、ケインと、フウマ、アリス先生が駆け寄っていた。
 オフェリアも、弾かれたようにメアリの元へ駆け寄る。
「メアリ? おい、メアリ!」
「どうしたの? メアリ!」
「メアリさん? メアリさん!」
 ケイン達は、口々にぐったりとしているメアリに呼びかける。
 だが、メアリはその閉じた目を開こうとはしない。
「・・・・・・」
 オフェリアは、何の声も掛けることが出来なかった。
 ただ、今にも震え出しそうな手をメアリの頬に伸ばす。
 メアリの頬に触れた手からは、体温の温かさが伝わってきた。
「温かい? ……よかった」
 オフェリアは、そっと胸を撫で下ろす。
「フウマくん! あなた保健係だったわね!
 メアリさんを保健室へ連れていくわ。一緒に来て!」
「は、はいっ!」
 アリス先生は、凛とした声でフウマにそういい放った。
 アリス先生は、メアリの体を抱きかかえ、フウマを従えて教室を出ていこうとする。
「皆さんは、私が帰ってくるまで予習よ。いいわね?」
 アリス先生は、教室を出ていく直前にそう念を押して出ていった。
 教室のドアが閉まってからのわずかな静寂の後に、教室のみんなは口々に噂話を始めた。
「何だったんだろな、今の?」
「そんなのわからねぇよ、いきなりだったんだから」
「びっくりしたよねぇ」
 教室中は、そんなノンキな会話が飛び交った。
 いきなりの出来事に、みんな驚いき、一様に不安そうな顔付きをしてる者もあれば、逆に興奮の色で顔を輝かせ色めき立っている者もいる。
 だが、その話題はやがて話題は一つの方向に向いた。
「やっぱり……アレなのかな? 窓割ったのって?」
「アンジェリカを攫っていったっていう?」
「そう、魔物だよ、絶対そう!」
 クラスメイト達の話は、最近姿を眩ましたクラスメイト、アンジェリカの話に移っていった。
 オフェリアは、その話題に自然と耳を傾けた。
 オフェリアの脳裏には、先程見た人影が過ぎる。
 思えば、メアリはあの人影を見ていた時から様子がおかしくなった。
 そして、その直後窓硝子が割れ、メアリは倒れた。
「まさか、ホントにアンジェリカを攫った魔物がいるなんて、信じてないんだろ? 貴高いお嬢さま?」
 気が付けば、いつの間にかミシェイルが目の前に立っていた。
「当然よ。そんな見え透いた噂に騙されるようには出来てないの、私」
「らしいな、思った通りだよ」
 ミシェイルは、意味ありげな笑みを浮かべた。
「それじゃ、アンジェリカは何処にいったんだろな?」
「さあ? 私が知るわけないでしょう」
「……冷めたヤツだな、アンタって」
「・・・・・・」
 ミシェイルは、その瞬間口端に浮かんだ笑みが消え、冷たい視線を投げかけた。
「まあ……それでもアイツよりはマシだとは思うけどさ」
(アイツ?)
 オフェリアは、ミシェイルが視線を投げかけている方に目を向けた。
 そこには、ケインがいた。
 ケインは、他のクラスメイトと親しげに話をしていた。
 何やら不安そうな表情を浮かべている女の子に、いつもの軽い調子で励ましている。
 オフェリアは、再びミシェイルに視線を向けた。
 ケインに視線を送るミシェイルの瞳には、鈍い光が宿っていた。それは、オフェリアが知る限り、怒りの感情というものにに違いないなかった。
「可愛さ余って憎さ百倍ってな」
「……えっ?」
 ミシェイルは、その言葉に硬直したオフェリアを見ることなく、ケインに鋭さを込めた熱い視線を送り続ける。
(頭が……痛いわ)
 オフェリアは、額に手を当てた。
(ホントに……頭痛してきた)
 頭にズキリとした痛みが走る。
 気のせいか、一瞬意識が遠くなるような感覚がする。
「おい? 大丈夫か?」
「……え?」
 オフェリアは、耳元で聞き慣れた声がしたことで、遠くなりそうになった意識を現実に引き戻した。
「……ケイン?」
 気が付くと、オフェリアの目の前にはケインがいた。
「オフェリアさ、大丈夫なのか? なんか、顔色悪いぞ」
「……私、が?」
 目の前のケインは、心配そうにオフェリアの額に手で触れようとする。
 だが、オフェリアは突き刺さるような視線を感じ、その手をはね除けた。
 その視線を感じた方向に目を向けると、そこにはやはりミシェイルがいた。
(頭……痛い)
 オフェリアは、刺さるようなその視線を感じながら、その痛みに意識を飛ばしていた。
 
 
 白い花
 赤い花
 黄色い花
 
 色鮮やかな花々が咲き乱れていた
 
(ここは……何処?)
 オフェリアは、よく知った景色の中で寝そべっていた。
 そっと瞼を開けて、自分の瞳に移った空は、澄み切った青と、透き通った風で溢れていた。
『オフェリア』
 誰かが、自分の名前を呼んだ。
 オフェリアは、その声の主を確かめようと体を起こす。
「兄さま?」
 目の前には、兄の姿があった。
『オフェリア、オマエ、どうしてこの家にいるんだ?』
「え?」
 オフェリアは、兄のいっている言葉の意味が理解できなかった。
『どうして、オマエみたいなバケモノが、このレイク家にいるのかって聞いているんだよ?』
「バケモノ?」
 オフェリアは、兄の発したその言葉に身を凍り付かせた。そして、この後に起こるだろう展開に恐怖する。
『オマエさえ生まれてこなければ、僕がこんな惨めな思いをすることはなかったんだ! 知ってるか? オマエのせいで、レイク家は上流貴族から今みたいな平凡な貴族に成り下がったって! オマエにその魔法能力があるせいで、家は代々続いた大臣の地位を失ったって!』
 兄は、そう言葉を荒たげると、オフェリアを乱暴に突き飛ばした。
 オフェリアは、小さな悲鳴と共に、地面に転がる。
「兄さま? 私、何か悪いことをしたの?」
 その時のオフェリアには、何故、兄がこんな酷い事をするのかがわからなかった。
 ただ、兄にその理由を問い続ける事しか出来なかった。
『オマエが悪いんだ! 全てオマエがっ!』
 兄は、起き上がろうとするオフェリアを蹴飛ばして、また地面に転ばす。
 そして、馬乗りになり、その圧倒的な力でオフェリアの胸を押さえつけた。
 その時、オフェリアは豹変した兄の顔を見た。
 その顔は、憎々しげにオフェリアを睨み付けていた。
 その眼光は、野犬が獲物を狙っている時のような光を放ち、その口元は、まるで今の状況を楽しんでいる様な微笑みを浮かべている。
 その兄の顔を見た瞬間、オフェリアの全身に冷たい感覚が走った。
「お願い……許して」
 震える声で、それだけいうがやっとだった。
 兄は、無言でオフェリアの顔を打つ。
(許して……お願いだから)
 兄は、その恐怖で声すら出せなくなったオフェリアを無言で手をあげ続ける。
(許して……やめて!)
 何に許しを求めたのかは、わからない。
 ただ、心の中は、悲しみと、恐怖の色で染まっていた。
(どうしてこんなことをするの? どうして、兄さまはそんなに怒っているの? 私が、兄さまに何か怒られるような事をしたの? どうして……わからない……ワカラナイヨ、兄さま!)
 その時、オフェリアの深淵で何かが弾け飛んだ。
 
 今まで暖かだった空気の温度が、刺すように冷たくなった。それは、始まりでしかなかった。
 それまで咲き乱れていた花々は怯えるように蕾を閉じ、動物達はまるで死んだように眠りに落ちた。
 空気が小さな渦を巻き、それはオフェリアの自由を奪っていた兄に向かって吹きつける。
「何だ? これは!」
 兄も、突然に起こった異変に戸惑った。
 オフェリアは、その隙をつき、兄を跳ね付けた。
 間髪入れず、空気上の水蒸気の固まった、無数の小さな氷の粒が兄に向かって襲いかかった。
 
 一時後、兄は全身を氷漬けにして放心していた。
 そして、オフェリアは知った。
 この天災は、自分が魔力暴走を引き起こした事が原因で起こった事を。
 
 
「オフェリア、気が付いた?」
 目を開けると、そこにはオフェリアを心配そうに覗き込んでいるメアリの顔があった。
「……メアリ? どうしたの、私?」
「あのね、教室で倒れたんだって、私達」
「倒れた? ……教室で?」
 記憶が次第にはっきりしてくる。
 ミシェイルと話した後、急激な頭痛に襲われ、その痛みで意識がとんだ。その後は……?
「それで、私はアリス先生と、フウマがここに運んでくれて、オフェリアはケインが連れてきてくれたんだって」
「そう……ここって、まさか?」
「うん、そう。保健室よ」
 メアリは、楽しそうににっこりと笑った。
 それとは対照的に、オフェリアはギクリとする。
「……ニーム先生、は?」
 オフェリアは、恐る恐るその事をメアリに尋ねた。
「それなら……」
「私なら、ここにいるわ、オフェリアさん」
 背中の方からした声に、オフェリアは体を硬直させる。
「ニーム、先生?」
 オフェリアは目の前に現れたその先生を、まるで幽霊でも見るかのように見上げた。
「オフェリアさん、大丈夫?」
 ニーム先生は、オフェリアの手を両手で握った。
 そのアップに結い上げた黒髪は、大人の色気というものを称えていた。その眼鏡の奥から覗いている紫色の瞳は、オフェリアをから視線を離さない。その唇からは、囁くような低い声が耳元に響いた。
「教室でいきなり倒れたそうね? どうしたの、食事はちゃんと取っているのかしら?」
 ニーム先生は、 オフェリアの頬に手で触れた。
「ちょっと顔色が悪いようね。頭痛とか、吐き気とかはしていないの?」
「へ、平気です。どうしてそんな事を聞くんですか?」
「あら、頭痛や、吐き気というのは風邪の最初の症状よ」
 ニーム先生は目を細め、オフェリアの頭をなで始めた。
 オフェリアは、その場で硬直したまま動けない。
「そうそう、念のためにお薬を飲んでおきなさい」
 ニーム先生は、サイドテーブルに上に置いてあったガラス容器を手に取ると、その中に入っている白く透き通った液体をガラスコップに注いだ。
「大丈夫です。ただの貧血だと思うし、もう治りました」
「だけど、また倒れないという保証はないわよ?」
「そうよ、オフェリア。私も、その薬のんだら楽になったから、飲んで置いた方がいいよ」
「えっ?」
 オフェリアは、そのメアリの言葉に、さらに身を固くした。
(また飲んだの? アレを?)
 ニーム先生は、この保健室の先生だが、薬草学の研究をしていると聞く。
 その薬の研究については、あまり良い噂は聞かない。
 薬の研究のために、この保健室は実験室と化し、生徒達を新薬の実験体として得体の知れない薬を飲ましているという噂がある。
 オフェリアは、あまり人の噂は信じない方だが、前に風邪を引いたメアリの付き添いでここに来た。その時に、面白半分にメアリの飲んでいた薬を一口飲んだ。
 その薬の味は酷い物で、オフェリアは、すぐさま洗面所に駆け込んで、それを吐き出した。
 
「さあ、飲んで。その方が体が楽になると思うわ」
 
 オフェリアは、そのにっこりと微笑んだニーム先生の言葉を、ある意味強迫めいているように感じた。
 
 
To be continue
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