LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第7話
教室ゲーム
 
 
『マリィは大丈夫だから……いってらっしゃい。あのね、姉様は決してバケモノなんかじゃなよ。だって、マリィの姉様なんだから!』
 
 あの広い家の中で、真剣にオフェリアの手を握ったのは、妹のマリベルだけだった。
 
『バケモノ!』
 
 そして、その言葉を初めて発したのも、たった一人の兄だった。
 
 オフェリアはあの日、いつもその場所で遊んでいた。
 あの広い家の中で、これといった遊び相手はなかった。
 あるのは、見渡す限りのレイク家の土地。
 オフェリアは、そのレイク家のお嬢様として、その土地の中から出してもらえず、家の外に友達はいなかった。
 兄妹でさえ、その遊び相手の対象には入らなかった。
 兄は、小さい頃から名門レイク家の跡取りとして、いつも勉強に追われていた。
 オフェリアは、いつも大人に囲まれながら机に向かっている兄に声を掛ける事が出来ず、いつも遠くからそっと見ている事しか出来なかった。
 そしてマリベルは、生まれた頃から体が弱かった。
 あまり家の外には出歩く事が出来ず、ほとんどがベットの中で過ごす日々。
 オフェリアは、よくそんなマリベルに傍らで本を読んであげたり、話し相手をしていた。
 
『ねぇ、姉様? 姉様は、あの木の向こうに何があるか知ってるの?』
『あの木?』
 ある日、マリベルは、そこから見える一本の木に目を向けた。
 マリベルは、窓硝子に片手を張り付けた。
 その横顔を哀しげな色で曇らせて
 
 
 今から約五百年前
 
 この大地には、ブルエタニアという一つの大国がありました。
 その国の人々は、永遠に生きる王の下で栄華を極め、そして、その王の死と共に一夜にして滅びました。
 
 それは、その王に永遠の命を与えていた魔女ライトブルーの姉、ダークブルーをその王は帝国から追放しようとしたからです。
 
 その事を知ったダークブルーは怒り、その妹とは異なる力、人々に永遠の眠りを与える力を使いました。
 忽ちのうちに、その王国の人々は永遠に目覚めることのない眠りに落ちていきました。
 そして、その日の内に起きた大津波に巻き込まれ、その王国は、海の底深くに一夜にして沈んでしまいました。
 
 
「……そう、それが、千年続いたといわれる王国、ブルエタニアが一夜にして滅びたといわれる伝承よ」
 彼女は、そのケインの回答を満足そうに頷いた。
(ふ〜ん、ここまでは何とか乗り切ったみたいね)
 オフェリアは、目を泳がせながらそのまま硬直して突っ立ているケインを横目で盗み観た。
「ケインくん、そのライトブルーがそのブルエタニア王に施した特殊な魔法は何だったかしら?」
「それは、確か……」
 彼女は、パチクリとした大きな青い目を輝かせ、その教台の上からみんなの注目を集めていた。
 腰まで緩やかに伸びているブロンドの髪を一つに束ね、その一目見てハッとするような大きなコバルトブルーの瞳がとても印象的な女の人が、ケインを見ている。
 歳は、二十前半頃、童顔なせいか年の頃より幼く見える彼女は、オフェリア達に歴史を教える先生だった。
 名をアリス・ラ・コールという。
 アリス先生は、貴族の出のせいか、物腰はおっとりとしていた。
 その物静かで優しい性格故か、生徒達の評判は様々で好き嫌いがハッキリしていたが、オフェリアは割化しこの先生の事を嫌いではなかった。
 トロイ先生だと嫌う生徒もいるが、その誰の声にでも耳を傾ける姿勢と、冷静さをオフェリアは見上げたものだと思っている。
「それは確かぁ……そういえば先生、今日はいいお天気ですね?」
「そうかしら? 今日は、ざざ降りの天気だけれど?」
 教室の外は、アリス先生のいった通りの大雨だった。
 雨は、激しくその音を立て、窓硝子を叩いている。
「ケインくん、先に私に質問する前に、私のした質問に答えてちょうだい? それとも、答がわからないなら、わからないで構わないのよ?」
「うっ……」
 アリス先生は、朗らかな顔をしてケインそういった。
 教室中からクスクスとした笑い声がする。
 オフェリアは、アリス先生に対して言葉が詰まったケインを見て、ざまぁみろと思う。
 ケインは、よく宿題をさぼり、オフェリアにノートを借りにやってくるのだ。
 オフェリアは、「自分でやるべきじゃないかしら?」と一度は冷たく突き放すものの、結局は「この貸しは高いわよ」とノートを貸してしまう。
 もちろん見返りはその度に要求し、ケインもその恩を忘れたことはない。
 だが、この前ケインがノートを借りに来た時にワザと違うノートを渡してやった。
 少しは自分で宿題をやれという、オフェリアからの些細な意思表示のつもりなのだが。
「センセェ、オレさ、雨の日は体調悪くて調子出ないだ。もう少しで答が思い出せそうなんだけど……ね?」
 ケインは、わざとらしく考えるポーズをとる。
 すると、また教室内からまた、クスクスとした笑い声が上がった。
 どうやらケインには、悔い改めさせるという行為は通じないようだった。
「わかったわ、ケインくん。次の授業でちゃんと答えられるようにしておいてね」
 アリス先生は、困ったように苦笑する。
 そして、教室中を見渡した。
「それじゃあ……オフェリアさん、今の問題わかる?」
「はい」
 オフェリアは、そう返事をすると坦々とした口調でその問に答えた。
「ライトブルーは、どんな怪我や病気も一瞬で治す事の出来る魔法が使えました。そして、それは永遠の命さえも与える事が出来ました」
「正解ね」
 アリス先生は、ニッコリと微笑んだ。
「ブルエタニア王は、そのライトブルーの力を使って千年生きたと伝えられているわ……だけど?」
 アリス先生は、一端そこで言葉を切った。
 そして、その瞳は何か遠くを見るように細くなる。
「だけど……永遠の命を与える事の出来る魔法なんて、本当に存在するのかしらね? 例え、あったとしても……誰も親しい人達が死に絶えた後、独り孤独に生きて何になるのかしら?」
 アリス先生は、時々ふと憂いたような表情を見せる。
「……考えても仕方がない事よね。そんな有りもしない魔法の事を考えても、今はどうにもならないものね。さて、そのブルエタニアなんだけど……」
 だが、いつもその陰を落とした表情は一瞬訪れて、まるで陽炎のように消え失せた。
 アリス先生は、まるで何もなかったように授業の続きを黒板に書きだした。
 
(そうよ……そんな奇跡みたいな魔法が本当にあれば……私はあの子の傍にずっといられたのに)
 
 だが、オフェリアは知っている。
 そんな不確かな魔法に縋っている間にも、その命の火は確実に消えていく事を。
 
(だから、私は……)
 
 トントンッ
 
 オフェリアは、突然後ろから背中を小突かれた。
「手紙、回ってきた」
 後ろの席にいるクラスメイトが、小声で小さく折り畳んだ紙を差し出した。
 オフェリアは、何食わぬ顔でそれを無言で受け取る。
 
 大穴だったね。私、ケインの事だから、一問も解けないんじゃないかって思ってた。
 
 オフェリアは、その手紙を読み、心の中で苦笑した。
(たっぷりと儲けさせてもらうんだから)
 オフェリアは今朝方、ケインがこの授業でどれだけアリス先生の出す問題に答えられるかという賭けを密かにクラス中に持ち掛けていた。
 この前、ケインに自分を賭けの対象にされた仕返しだ。
 賭けは皆、手持ちのお菓子を持ち寄り、それを賭ける。
 お金でなく、お菓子が賭けの対象なのは、この学園が全寮制であり、外出などは一切認められていないからだ。
 そのため、例え金銭をもっていたとしても使い道がないため、自然と実家から送られてくるお菓子が賭けの対象になるのは自然の成り行きだった。
 それをオフェリアがが元締めとなり、食堂で集計するはずだったが、そこに行くまでに思わぬ邪魔が入り、その代役をメアリに頼んだ。
 オフェリアは、そっとメアリの方を盗み見る。
 メアリは、同じく賭けの参加者から届いた数枚の手紙に目を通している。
 その表情は楽しげだった。
 オフェリアの元にも、次々と賭けの参加者から手紙が届きはじめた。
 それには、賭けに負けて悔しがる文面、ケインがここまで粘るとは以外だったいう文面の文字が踊っている。
 逆に、オフェリアがケインにノートを貸していた事を知っていた者達からは、ケインがパーフェクトを出すだろうという予想が多かったみたいだ。
 アリス先生は、いつも授業を始める前に復讐として5問の問題を出し誰かに答えさせる。
 その当てられる順番は席順なため、当てられる順番が回ってくる前に復習ををしておけばいい。
 オフェリアは、ノートを借りに来るケインの事だから、一問も答えられずに恥を掻くだろうと予想していた。
 だが、意外にもケインは5問の内4問を正解した。
 意外すぎる展開に、賭けの結果は大穴だった。
 授業が始まる前に、メアリに聞いたところによると、4問と答えたのは、たった一人だったという。
(……運のいい人がいたもんだこと。一体誰かしらね?)
 その時、オフェリアの元に一つの手紙が回ってきた。
 オフェリアは、それを開けて見る。
 
 悪いけど、オレの一人勝ちだったな。
ば〜い ミシェイル
 
(えっ?)
 オフェリアは、思わずミシェイルの方を向いた。
 ミシェイルは、まるでそれを待ちかねていたように含み笑いをもらし、オフェリアに向けて小さく手を振った。
(・・・・・・)
 オフェリアは、その凍り付いた表情のままメアリの方を向く。
 すると、そのオフェリアの視線に気が付いたメアリは、オフェリアが凍り付いている理由を察したようだった。
 メアリは、急に下を向き、オフェリアと目を合わすのを避けた。
 そのメアリの様子を見たオフェリアは、仕方なく前方の黒板の方を向く。
(まあ……あの時、この集計をメアリだけに任せたのは……私だわ)
 オフェリアは、少しだけ自己嫌悪に陥った。
 あの時、ケインなんか振り切って、すぐ食堂に行っていれば、この事態は阻止出来たはずだ。
 ミシェイルは、事ある事にオフェリア達に突っかかってくる。
 今度はこの事をネタに絡まれるかと思うと、考えるだけでも疲れてくるような気がした。
(でも……それはメアリのせいじゃないわよ?)
 オフェリアは先程、後ろめたそうに下を向いていたメアリの方が気になった。
 オフェリアは、メアリの方を盗み見る。
 メアリは、窓の外に目線を泳がせていた。
 メアリは何か、遠くにあるものを見るようにして、外を眺めている。
 オフェリアは、誘われるようにしてメアリが眺めている景色に視線を移した。
(雨なんて……)
 外はざざ降りの雨。
 窓の外に見える木々達は、しんしんと雨に打たれ、気まぐれに吹く風になびいている。
 
 ザザザザー ザザザザー
 
(……メアリ?)
 メアリは、雨に魅入っていた。
 まるで、魂がその静かな雨の音に掻き消されたんじゃないかと、オフェリアは思った。
 メアリは魂を攫われた抜け殻になったように、その木々の一点を見つめている。
 オフェリアは、吸い込まれるようにメアリが魅入っている方へ視線を向けた。
 
 カッ
 
 その時、眩い光が走り、大きな音と共に空気に振動が走った。
 クラスのあちこちから、小さな悲鳴が上がる。
 
(あれは? 今のは……何なの?!)
 
 その一瞬、オフェリアは確かに見た。
 雷光が走った一瞬、その木の上に黒い人影の姿を。
 それは、その雷光が見せた幻影だったかもしれない。
 それは、その雷光が消え去ると同時に陰も形もなくなってしまった。
 まるで、一瞬の幻だったように。
 夢か現かの区別がつかない時が、その時流れた。
 
 だが、その時に起きたあまりにも静かな事実が、オフェリアの確信を突いた。
 
 ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
 
 その時、全ての窓硝子がひび割れた。
 その甲高い音は右から左へ波が走るように響き、壊れていった。
 光を映した透明な硝子は、その忽ちの音と共に傷を作っていく。
 
 バッタン ドンッ
 
「メアリ!」
 
 その音が響いた刹那、メアリは何かの糸がぷっつりと切れたように、座っていた椅子もろとも倒れた。
 反射的にオフェリアは、椅子を立ち上がりメアリの名前を呼んでいた。
 
 
To be continue
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