LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第6話
渡り廊下の密談
 
 
「おい、裏切り者。二人で何処行くんだい?」
「あら、臆病者のミシェイルじゃない?」
 オフェリアは、現れた少年にそう返答した。 
 
 
「ふ〜ん、朝っぱらからトゲトゲしいね。そんなにピリピリしてたら、その口から魔物の牙がはえるぜ」
「まあ、それはコワイわね。でも、私もアナタに忠告してあげる。アナタのように性格がひん曲がってると、そのうちそのお尻から尻尾がはえるわよ」
「何? オレのような品性の良い人間はまたといないぜ? オマエもとてもイイ性格してるけどな」
「あら、それは私を侮辱しているのかしら? それとも誉めてくれてるのかしら?」
「もちろん、誉め称えてるにきまってるさ。オマエのように冷酷で、情けなしで、信用できない人間はまたといないからな」
「その言葉、そっくりお返しして差し上げますわ」
 オフェリアは、さわやかな笑顔をその少年に向け、そう答えた。
 ミシェイルも、さも当たり前の会話をしているかのように、ニッコリと笑顔を見せていた。
 だた一人、会話に入れないでいるメアリは、二人のやり取りを、息を詰めて見守っていた。
 何処かで、小鳥の囀る声を聞こえてくる。
 さわやかな朝の光が、その場には降り注ぎ、空は雲一つ浮かんではいなかった。
 昨日の夕刻、この渡り廊下には、血に染め上げたような色をした陽の光が差し込んでいた。
 そして、この場所でオフェリアと、ミシェイルは、いくつかの言葉を交わしていた。
(何で、朝の内からコイツと鉢合わせなきゃいけないのかしら?)
 オフェリアは、一瞬だけ目の前のミシェイルをウザッたそうに睨んだ。
 そして、それとは対照的な優しい微笑みをメアリに向ける。
「……メアリ、先に食堂にいってて」
「え?」
 オフェリアは、ミシェイルにその微笑みを向けながら、穏やかな声音でメアリにこう言った。
「ミシェイルは、この私にお話があるんですって」
「で、でもオフェリア……」
「先に行って、私の朝食、またケインにつまみ食いされないように見張っておいて」
「そ、それは構わないけど……」
 メアリは優しげな微笑みを浮かべるオフェリアと、同じく、さわやかな微笑みを浮かべているミシェイルを交互に見た。
 メアリは、その二人のさわやかな笑顔に不安を憶える。
 オフェリアは、その微笑みを絶やさぬまま、メアリを腕をグイッと引っ張り、身を寄せると耳元でこう囁く。
「それと、あの計画のこと、頼んだわね?」
「えっ? わ、ワタシがするの?!」
 オフェリアは、ミシェイルに見えないようにして、メアリの手にそれを握らせた。
「これも、アイツに正しい人の道を教えてやるためよ。個人的なウラミで思い知らせてやりたいっていうのも、もちろんあるけれど」
 メアリは、オフェリアの本音は、個人的なウラミの方が強いのではないかと、心の隅の方で疑った。
「どうした? 悪巧みの相談かな?」
 ミシェイルは、ひそひそ話を始めた二人を面白そうに眺めていた。
「善良な心を持った私達に、悪巧みなんか出来ないわ。人聞きが悪いわよ」
 オフェリアは、朗らかに笑う。
「……やっぱりアンタはレイク家のお嬢様、か」
「メアリ、また後でね」
「う、うん。待っててね」
 メアリは、食堂の方に向かって駆けだした。
 だが、その途中で振り向きオフェリアの姿を確認する。
 その面持ちは、不安そうだ。
 オフェリアは、笑って手を振った。
 メアリはそれを確認すると、その場から離れていった。
「……で、朝の内から訪ねてきたって事は、それだけ大切な用なんでしょうね?」
 オフェリアからさっきまでの笑顔が消えた。
「下らなかったら、張っ倒すわよ」
 その代わりに、不敵な笑顔で対応する。
「……やっと本性出したな」
 ミシェイルは、前髪をかき混ぜて苦笑した。
「オマエ、ホントにアイツらと連んで後悔しないか?」
「アイツら? ああ、ケイン達のことね。今更何を言い出すかと思えば、そんなこと?」
 オフェリアは、ウザったそうに眉を潜めた。
「違う、ケイン達じゃない。ケインにこれ以上関わると、後悔する事になるぜ」
 その時、ミシェイルの声が低くなった。
「どうしてかしら?」
「それは、自分自身が一番よくわかってるだろ?」
「何の事?」
「オマエは裏切れねえよ……何もかも。だから、止めとけ」
「だから、一体何のこと?」
「オフェリア、おまえの妹の事だよ。たしか……マリベルだっけ?」
「なっ?!」
 オフェリアは、そのマリベルという名前を聞いたとたん、不敵な笑みを崩した。
「何でっ?! 何で、アナタがマリベルのこと知ってるのよ?!」
「大事な妹みたいだよな?」
「当たり前でしょう!」
「やっぱりな……オマエならそういってくれるって思ってたよ」
 ミシェイルは、意味有り気にニヤついた。
「アナタ……何処まで知ってるのかしら?」
 オフェリアからは、さっきまでの笑顔が消えていた。
 その代わり、オフェリアの髪の毛は、何故かオフェリアの周りから沸き起こった微粒の魔法力によって、少々逆立っている。
「へえ、答えなけりゃ、魔法使ってでも言わせる、か? おおっ、コワイコワイ」
 ミシェイルは、ワザとらしくお茶らけた。
「まあ……そう理解してもらってもかまわないわよ?」
 そのミシェイルの態度に、オフェリアの髪の毛は、ますますだ逆立った。
「私、マリベルの事は、まだ誰にも話したことないの。それをどうして、私と一番関わりの薄いアナタが知ってるわけ?! まず……その事から答えてくれないかしら?」
 オフェリアの声は、段々と低くなっていく。
「ああ、そのことね。そりゃ、簡単なことさ」
 ミシェイルは、今にも襲いかかってきそうなオフェリアを目の前にしても、その態度を崩さなかった。
「どう、簡単なの?!」
「レイク家は落ちぶれたにしても、昔はこの国で一、二を争う程の名門の家だったんだろ? そこまで有名な家柄なら、コッチも調べやすいんだ」
「調べるって?! 一体、どうやって?」
「それは企業秘密ってヤツさ。オレにも、色んなコネとか、ツテってもんがあってね」
「何それ? アナタって、いつからストーカーを始めたの?」
「そりゃ、キミと初めて出会った時からさ」
 この時、二人の間に季節外れの冷たい空気が流れた。
「……なんですって?!」
 オフェリアは次の瞬間、口の中で呪文の詠唱を始めた。
「ほっ、本気にするなって。冗談に決まってるだろ!」
 ミシェイルは危険を察知し、慌ててそう言い直した。
「オレは、オマエのことが知りたかったんじゃない! ケインのことが知りたかったんだ!」
「はあっ?!」
 オフェリアは、ミシェイルの慌てた発言を聞いて、呪文の詠唱を思わず止めた。
 オフェリアは改めて、ミシェイルを値踏みするようにマジマジと見た。
「ミシェイル……いっておくけど……」
「初めてヤツを見た時から、ヤツの事が気になってたよ! ヤツを初めて見た時、オレ、頭を思いっ切り殴られたような気になったさ! だって、ケインは……」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ?!」
 オフェリアは、突然何かを告白し始めたミシェイルの様子に戸惑いを感じた。
「いっておくけど、私はアナタのライバルになる気は、これっぽっちもないから。安心していいわよ?」
「……何いってんだよ? オマエは、オレの一番やっかいなライバルのくせに」
「やっ、やめてよ! 冗談じゃないっ!」
 オフェリアは、珍しく目元を神経質に引きつらせた。
「……名家のお嬢様には、オレ達のような並の血統は見向きもされないみたいだよな?」
「そうよ! 私は、例え落ちぶれたといっても、誇り高いレイク家の一員よ。アナタも、身の程をわきまえてから物をいいなさい!」
「身の程ねぇ……下らないな」
 その時、ミシェイルの瞳に微かな怒りの色が写った。
「そういうことは、オマエの一族全員が魔法を使えるようになってからいってくれよ」
「なんですって?」
「そのレイク家が没落したのは、一族の中に魔法を使えるのが一人もいなかったから、だろ?
 そんで、奇跡的に魔力保有者として生まれてきたオマエが、この場所にやってきた。大事な妹と引き替えにな」
「引き替えなんかじゃないわよっ!」
 オフェリアは、ミシェイルのその言葉を聞いたとたん、言葉を荒たげた。
「私は、自分で選んだわ! ここに来ることも、ここで暮らすことも、全てを忘れることも!」
「そして、その全てを忘れた代償に、アンタはアンタを良くしてくれるお方からワイロをもらった?」
 昨日、オフェリアは、ミシェイルに夕日の沈みゆく廊下で、そう答えていた。
「……そうよ、だから?」
 
(そうよ、だから私は闘う気になった)
 
「……オマエはバカだ」
 ミシェイルは、苦笑い混じりにため息を付いた。
「そう簡単に、全てを忘れられるわけないだろ? 特に、それ程にも大事な妹のことなんかはな」
 
(その通りよ。マリベルことは、一時だって忘れたことなんて)
 
「いいたいことは、それだけ?」
 オフェリアは、ミシェイルに冷たくそう言い放った。
 今度は、ミシェイルが眉を潜める番だった。
「アナタは、私のことを何か知ってるようだけど? アナタが例え何を知っていようと、私には、何も恐れるものなんかないの。残念だったわね」
 オフェリアは、髪をかき上げた。
 そして、ミシェイルをキッと睨み付けた。
「つまらない話だったら、アナタを張り倒すって言ってあったけど、今日だけは見逃してあげる。大人しく私の前から消えなさいっ!」
 その言葉を聞いたミシェイルは、オフェリアの視線を真っ向から受け止めた。
「ああっ、そうかい! 今はこれ位で勘弁してやるさ! ただ、オレの忠告だけは聞いた方が身のためだぞ!」
「忠告?」
「そうだ、ケインをあまり信用するな」
 その時、ミシェイルの顔付きが真剣なものに変わった。
「アイツは……もう死んでるんだ」
「はあっ?」
「あのケインは、ケインであってケインでない。ヤツは、ケインの皮を被った……魔物なんだよ!」
「アナタ……頭、大丈夫?」
「信じる信じないは、オマエが決めればいいさ。信じなければ……オマエが大事なモノを失うだけだ」
「何をいってるの?」
 ミシェイルのいつにない真剣な眼差しに、オフェリアはドキリとせずにはいられなかった。
「大事な妹のこと、守れるのはオマエしかいないだろ?」
「アナタ、どうして……?」
 どうして、まだ誰にも話した事がない妹のことを知っているのか。
 その事を尋ねようとした時、ミシェイルはクルリと背中を向けて歩き出した。
「何処へ行くの?」
「邪魔者は、消えるんだよ」
 ミシェイルは、振り返らなかった。
「オフェリアー!」
 その時、聞き慣れた声がこっちに向かって走ってきた。
「……なるほどね」
 オフェリアには、振り返らなくても、その声の正体がわかる。
「あら、おはよう。朝食ドロボウさん」
「何だよ、それ? せっかく人が心配して来たのにさ」
 彼は、小走りにオフェリアの前に回り込んだ。
「心配? 生憎それは無駄だったみたいよ」
「そっか……大丈夫なんだな?」
 ケインは、オフェリアの顔を覗き込んで笑った。
「なっ、何がよ?」
「さっき、オレのこと見て笑ってたろ?」
「そっ、そんなことはっ……?」
「オレは、オフェリアが笑ってると安心するんだ」
 ケインは、そういって屈託のない笑顔をオフェリアに向けている。
「……どうしてよ?」
「それは……?」
 ケインは、困ったように考え込んだ。
「それは?」
 オフェリアのは、真っ直ぐなケインの瞳に意識を吸い込まれそうな感覚がした。
「それは……機嫌悪いときはさ、オレの靴の踵を凍らせて、転かせたりするだろ?」
「あっ……あれは、ケインがフウマや、メアリや、アンに悪戯しようとしたからでしょう! あれは、その報いよ!」
 オフェリアは、ケインの耳をおもいっ切り引っ張った。
「いっ、痛いって」
 オフェリアは、痛がっているケインを確認すると、その手を離した。
「今日は、このへんで勘弁してあげるわよ」
「オレ、今日はまだ何もやってないんだけど?」
「今はやってなくても、これから何かやるに決まってる。それを予測して、体裁を加えてるんじゃない」
「なんだよ、こんなことなら心配するんじゃなかったよ。メアリが、オフェリアが大変だっていうから飛んできたのにさ」
「えっ?」
 オフェリアは、食堂へ向かったはずのメアリの事を思い返した。
 
『う、うん。待っててね』
 
 メアリは、そういって食堂に走っていったはずだ。
 だが、その『待っててね』というのは、ケインを呼んで来る間まで待っていてほしいという意味だった事に、その時オフェリアは気が付いた。
 
(……メアリのバカ)
 
 その時、オフェリアは胸の奥がくすぐったかった。
 オフェリアは、自分でも気付かないうちに、ぎこちない笑顔で笑っていた。
 
 
To be continue
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