LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第5話
オレ達の朝
 
 
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 夜は明ける
 
 空を覆っていた深い闇が、宵闇に変わる頃、少年達はやっと眠りに付こうとしていた。
 昨日、ミールダウンヒルの街で小火騒ぎが起こった。
 その小火騒ぎに、その少年達が関わっているなんてことは、その少年達の一見善良そうな見掛けからは想像も付かないだろう。
 彼等は昨夜、学校の寄宿舎から無断で抜け出し、その現場にいた。
 そこで彼等は、その小火の煙に巻かれ、気を失った。
 そして、意識が回復してみると、そこはカーミン宿屋という所にあるアンジェリカという女の子の部屋だった。
 どうやら、気を失ったところをチャムという知り合いのにーちゃんに助けられたらしい。
 
(……眠れない)
 ケインは、隣のベッドでスヤスヤと平和な寝息を立てているルームメイトのフウマを横目で見た。
 フウマは、よっぽど眠かったのか、爆睡している。
 それは、無断で相部屋を抜け出していたケインを一睡もせず待っていたのだから無理もない話だ。
(……ありがとう、な)
 ケインは、そっとベッドから飛び起きた。
 そしてケインは、ルームメイトの寝顔を覗き込んだ。
 フウマの寝顔が、その暗がりの中に浮かび上がる。
(よく寝てるな、なんか……)
 ケインは、小さな悪戯っ子の様に笑った。
 そして、ケインより短く刈り入れられた髪を触ってみる。
(寝てる間に、ワックスかなんかで固めちゃおうか? それも面白いかもなぁ)
 ケインは、悪戯の常習犯だ。
 前にケインは、フウマの寝ている間にクリップで鼻を摘んだ。
 熟睡していたフウマはそれに気が付かず、目覚めた頃にフウマの鼻は赤く腫れ上がっていた。
 だが、その後ケインは調子に乗り、オフェリアに同じことをしようとして、こっぴどい返り討ちにあった。
(顔に落書きもしてやりたいな……)
 そこに人の寝顔があれば、とりあえず落書きもしてやりたくなるが、悪戯の王道というものだ。
 ケインは、そういう誘惑に駆られた。
 だが、悪戯の後の返り討ちは骨身に浸みている。
 それに、フウマにはあれから数え切れないくらい助けてもらっている。その世話になっている友達に、悪戯してしまうのはちょっと気が引ける。
 窓からは、やわらかな早朝の光が部屋の中に差し込んでいた。
 窓のカーテンは、微かに紅く染まっている。
(もしかして?)
 ケインは、そっとカーテンを少し開いた。
「すごいっ!」
 ケインは、窓の外に広がる光景を見て、思わず声を上げた。
 そこには、紅い陽の光を浴びて広がるミールダウンヒルの街並みがあった。
 
(朝焼けだ!)
 
 目の前には、昇ってきたばかりの太陽が紅く染まって輝いている。
 それは、朝焼けと呼ばれる太陽だった。
 紅い光は、眼下に広がるミールダウンヒルの街を紅く照らし出していた。
 それは、昨日見た血の色で塗り固められて様な夕日の光とは全然違っている。
 空は喜びに溢れている様で、そして、大地に降り注ぐ光は優しく、全ての目覚めを温かく見守っている様だった。
「ケイン? 珍しいね、僕より早く起きてるなんてさ」
 フと気付くと、さっきまで爆睡していたはずのフウマがケインの隣にいた。
「凄いね! なんか……昨日、みんなで見た夕日と全然違う」
 陽の光は、フウマの短く刈り上げられた黒髪を照らし、その茶色い瞳を輝かせた。
「今日も一日、乗り切ってみますかっ?」
 ケインは、フウマの肩を叩く。
 フウマは、はにかんだ笑顔を浮かべた。
 だが、その笑顔は一瞬のことで、それはたちまちのうちに曇ってしまった。
「ねえ、ケイン? 僕達、こんな綺麗な朝、あと何回迎えられるかな?」
「どうして?」
 フウマは、憂鬱そうな眼差しで、窓の外を眺めた。
「僕達はさ、もしかしたら悪い事をしているのかもしれないよ?」
「え?」
 ケインは、少し驚いた。
 この少年が、自分から真剣な話しを切り出すなんてことは初めてだ。
「僕は、まだ小さくて、何が悪いことなのか、何が正しいのか、そんなの全然わからない。けど、もし僕達が悪いことをしていて、そのために……」
 フウマは、その先の言葉に詰まった。
 ケインも、珍しく神妙な表情をする。
 だが、それは一瞬のことだった。
「……別にさ、間違っててもいいんじゃないかな?」
「え?」
 今度は、フウマがケインに聞き返した。
 ケインは、いつものように、自信たっぷりに笑って見せた。
「何が正しいとか、悪いかってのはさ、正直いってオレにもわからない。けど、アンをこのまま放っとくわけにもいかないだろ? 助けに行かなきゃ、後でオレ達がコロサレルぞ、オフェリアに」
「で、でもさ……」
「それに!」
 不安そうにケインを見つめるフウマの背中を、ケインは軽くポンポンと叩いた。
「もう、誰も哀しい顔しなくてすむなら、それでいいじゃん」
 
(そうだ……僕達は約束したんだ。昨日、あの場所で)
 フウマは、思い返した。
 まるで、血の色をを思い浮かべる様な赤い夕日が降り注ぐ中、彼等は誓った。
 
 この学園の『青の部屋』に捕らわれているアンジェリカを、必ず救い出そうと。
 
 
 アンジェリカは半年前、この学園にやってきた。
 なんでも、特に優れた魔法の素質を持っているとかで、この学園に連れてこられたらしい。
 フウマは、新しくやって来たアンジェリカに心をときめかせた。
 新しく入ってきたクラスメイト、果たしてどんな子なんだろう?
 初めてアンジェリカを見たのは、教室だった。
 アンジェリカは、アリス先生に連れられ、教室に入ってきた。
 フウマは、その時の事が忘れられない。
 教室に入ってきた少女を見た時、初めに印象に残ったのは、短く切りそろえたブロンドの髪だった。
 少女は、教室に入ってきた時、下を向いていた。
 そのせいで、前髪が顔に掛かって、よく顔が見えなかった。
 アリス先生は、優しく女の子の背中を押した。
「今度から、みんなと一緒に勉強する事になったアンジェリカ・カーミンさんよ。ほら、アンジェリカ、みんなに挨拶してみよっか?」
 その女の子は、その時初めて顔を上げた。
 
 シンッ
 
 その時、教室中がその少女の顔色を見て、静まり返った。
 
「こっ、こんにちは。ア……アンジェリカ・カーミンです。アンは、ずっとみんなからアンちゃんと呼ばれてきたから、出来たらアンとよんでくださいね……アレ?」
 
 その時、アンジェリカは、不思議そうに教室中を見渡した。
 クラス全員が、アンジェリカを押し黙って凝視していた。
 アンジェリカは、その要因がわからなかったようだったが、フウマにはわかった。
 それは、アンジェリカの濡れた瞳がその場にいた全員を引きつけていたからだ。
 その時アンジェリカは、目を真っ赤に腫れ上がらせて、教室に入って来るまで泣いていたことを皆に悟らせたのだ。
 泣き顔をしていた当の本人は、その自覚が全くなかったみたいだったが。
 
 一体、どうして?
 
 その時のフウマは、アンジェリカがどうして泣いていたのか、検討も付かなかった。
 
 
(……そう、アンはその時、真っ赤な目をしていた。見ているこっちが呆れるぐらいのね)
 
 今日も、朝はやって来た。
 カーテン越しから差し込む光は、早く目覚めろと彼女を急き立てていた。
 オフェリアは、同じベッドの上で引っ付いて眠っているメアリを起こさないように、そっとベッドを抜け出した。
 メアリは、オフェリアのルームメイトで、オフェリアがこっそりで寮を抜け出す時に、色々と協力をしてもらっている。
 昨夜、オフェリアが帰ってみると、メアリは窓の外を呆然と魅入っていた。
 
「オフェリア……魔物が出たよ」
 
 メアリは、か細い声でそう呟くと、その場に蹲った。
「メアリ?」
 オフェリアは、座り込んだオフェリアの顔色を窺う。
「……オフェリア、私、恐い。今、私の傍に魔物がいたの。魔物は私を狙っているの。どうしてかはわからないけど、私は魔物に狙われているの!」
 メアリは、それからずっと怯えていた。
 あれからメアリは、「独りで寝るのは恐い」と言って、オフェリアのベッドにもぐり込んだ。
 オフェリアは、一端それをはねつけたが、メアリの怯え様は普通ではなかった。
 オフェリアは渋々ながらも、メアリとその晩一緒に眠った。
 今、メアリはスウスウと穏やかな寝息を立てて眠っている。
(まったく、誰よ? メアリにこんな悪戯するバカ者は?)
 オフェリアは、ベッドで眠っているメアリを眺めた。
 真っ直ぐに伸びた藍色の髪の毛が、朝の光を浴びて輝いている。
 綺麗に通った鼻筋はまるで作られたように綺麗に伸び、桜色の唇はとても小さくて可愛らしかった。
 こんな、類い希な美貌に恵まれた少女は、めったにいない。
 そのためか、メアリの周りには、小さい頃から誘拐しようとする不届き者が多かったらしい。
 生まれ育った家が貴族の中級階級ということもあったのだろうが、メアリはその誘拐しようとする不届き者に怯えてきたようだ。
 メアリは今も、それを『魔物』と呼んでいるらしい。
(いったい、誰が?)
 それからオフェリアは、起床の鐘が鳴る時間まで魔物の正体について考えた。
 だが、その魔物の心当たりは思い当たらなかった。
 
 
「ねえ、外に誰もいない?」
「大丈夫、心配のしすぎよ」
 そう、念を押されたのは何度目だろう。
 オフェリアは、流石にため息を付いた。
 メアリは、さっきからオフェリアに同じ事を何回も聞いてくる。
「ねえ、本当に変な人いない? 大丈夫?」
「いないっていってるでしょう。何なら、自分の目で確かめてみたらどう?」
 オフェリアは、部屋の中で愚図っているメアリの手を強引に引っ張った。
 オフェリアと、メアリは、そのまま女子寮を出て食堂に向かった。
 メアリは、オフェリアの手をギュッと固く握って離そうとする様子はなかった。
 オフェリアとしては、少々暑苦しく感じたが、メアリが落ち着いてくれるなら、このまま食堂に向かっても悪い気はしない。
 だが、そんな二人の前に立ちはだかる人物がいた。
 
「おい、裏切り者。二人で何処行くんだい?」
「あら、臆病者のミシェイルじゃない?」
 オフェリアは、現れた少年にそう返答した。
 
 
To be continue
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