LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第3話
MoonLight Faith 3
 
 
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 カラン カランッ
 
「はい、いらっしゃいませ。まあ、先生じゃありませんか」
 カーミン宿屋の小さなドアが開き、そこに備え付けてある小さなベルがカラカラと音を立てた。
「やあ、こんにちは」
 入ってきたのは、チャムだった。
 チャムは、おばちゃん達が所有している廃墟になった工場で私塾を開いている。
 それが、評判が良く、その近所の人々から先生と呼ばれて親しまれていた。
「先生、どうされたんですか? 確か、今頃は授業の時間帯ではありませんの?」
「そうなんだけどね……急にあの娘に会いたくなって、ついやって来てしまったんです」
 おばちゃんは、チャムの何かぎこちない様子を見て目を細めた。
「そうですか。では、こちらへ。あの娘だって、先生が尋ねて来てくださったら、喜ぶに決まっていますよ」
「それなら、嬉しいのですけどね」
 
 
 チャムは、おばちゃんに案内されて宿屋の奥にある部屋の前に来た。
 そのドアのノブには手作りの『アンジェリカの部屋』と書かれた看板がぶら下がっていた。
「どうぞ」
 おばちゃんは、チャムをその部屋の中に招き入れた。
 部屋の中は、女の子らしい小物や、可愛らしくメーキングされたベットが置かれている。
 チャムは、そのベッドサイドテーブルの上に置かれているフォトフレームを、身を屈めて覗き込んだ。
 フォトフレームには、髪を短くショートカットにした少女の絵が飾られていた。
「祈ってやって下さいね。それが、あの娘にとっても救いになるはずですから……」
 おばちゃんも、チャムの傍らに座り、その写真を愛おしそうに覗き込んだ。
「わかりました……でも、まだ望みが無くなったわけでは、ないですよ?」
「いいえっ! アンはもう……あの時から、あの娘の命はないものと諦めるしかなかったのよ。希望を持つだけ、それは残酷だわ」
 おばちゃんはそう答えると、その写真にお祈りを始めた。
 チャムも、おばちゃんのその様子を見て同じように祈った。
「……けれど、あの子達はまだ希望を捨てていません。だから、それだけは?」
「わかっているわ。それはいくら何でも残酷すぎるものね……では、私はこれで」
 おばちゃんは祈るのをやめ、部屋を出ようと立ち上がった。
 そして、チャムも立ち上がる。
「……今、あの学園と、この街は狂っています。けれど、それを止めようとする人々が密かに動いているのは確かです。僕は、妹と生き別れました。ですから、アンジェリカのことは、僕がもっと注意して見ていれば、こんな事にはならなかったでしょうね」
「・・・・・・」
 おばちゃんは、チャムの顔を正面切って見上げた。
「……だったら、あの娘の敵を早くとってほしいわよ!」
 おばちゃんはそれだけいうと、部屋を出ていった。
「希望がない……わけじゃない。そうだろう、アン?」
 チャムは、アンジェリカの写真にそう問いかけるしか出来ないのかと、自問自答するだけだ。
 
「……やっぱり、ロリコンだったんだな?」
 
「え?」
「オフェリアが聞いたら浮気したって泣くぞ? まあ、アイツは泣くようなヤツじゃないけどさあ」
「ケイン、おまえいつからそこにいたんだ?」
 ケインは、ドアの影に隠れていたらしい。
 ケインは、ドアで影になっている部分から、ひょっこり顔を出した。
「さあね、全部話は聞いたってところかな?」
 ケインはそういうと、チャムの前に堂々と姿を現した。
 ケインは、白い襟付きのコットンブラウスに、短めで少し大きめの半ズボンをサスペンダーで吊し、靴は使い込まれた古い革靴に着替えていた。
「でも、安心しろよ。アンはオレ達が必ず助け出してみせるさ!」
 ケインは、不敵の笑みを浮かべた。
(コイツの自信って、一体?)
 チャムは、不覚にもつられて笑ってしまった。
「それより、オカシイのはオフェリアだよ。アイツ、アンの事がそうとう堪えてるらしいんだ」
 ケインは、笑みを引っ込めた。
「オレ、今アイツが何考えてんのか、全然わかんないんだよなあ……イヤな予感がするんだけどさ」
 その時、チャムにもそのイヤな予感が伝染した。
 
 
 一方、オフェリアは、粗末な倉庫の前に立っていた。
 そこは、先ほどオフェリアが訪れたおじさんと、おばさんがいた家のすぐ裏手にあった。
 それは、昔チョコレートの生産所であったそうだ。
 だが、チョコレートを作る原材料であるカカオは、ここ数年前からある大手企業が独占するようになった。
 そうすると、小さな街工場にカカオは手に入りづらくなる。チョコレートの原材料が手に入らなくなったチョコレート工場は、次々と閉鎖されていった。
 この工場も、その工場の一つだ。
 オフェリアは、工場の中に通じる小さな扉を開けて、中へ入った。
 まず初めにその視界に入ったのは、大きな鉄の釜だった。
 昔は、チョコレートを溶かす時に大活躍したらしい。
 オフェリアは、大釜の前を通り過ぎ、二階に続く階段を上がる。
 
「相も変わらず、ボロっちいこと」
 オフェリアは、そう小さな声で呟いた。
 二階では、一人分の教科書と、鉛筆が置けるスペースの机がいくつも並んでいる。
 その一つ一つには、子どもから年寄りまであらゆる年齢の人々が机に向かっていた。
 彼等は、オフェリアがやって来たことに誰一人気が付いていなかった。
 皆、一人一人が手にしているノート代わりの小さな黒板に集中している。
 その机が並んだ前方にある大きな黒板には、今日の授業内容がびっしりと書き込まれていた。
 オフェリアは、キョロキョロとお目当ての人物を捜した。
 どうやらチャムは、全員がその黒板に書いてある問題を解けるまでの間に、少し何処かに出かけたようだ。
(……つまらない)
 オフェリアは、階段の壁沿いに引っ付いている魔電灯に手を伸ばした。
 魔電灯は、人間の中に潜在するかすかな魔法力を光に変換する道具だ。これは、広く一般に使われているアイテムで、一回の点灯で約一時間は光が持続する。
 使い方は、魔電灯のスイッチに手で触れるだけでそれは作動する。光の強さは、それぞれの持つ魔法力に比例する。
 例えば、オフェリアがそれに触れると。
 
 ピシッ!
 
 まず、大きな音を立てて、その電球が割れた。
 そのあまりの大きな音に、そこにいた誰もが振り向いた。
 その瞬間、魔電灯は煙を上げてその光を消した。
 オフェリアの魔力が、魔電灯の限界値を振り切ったのだ。
「……面白い」
 オフェリアの魔力に耐えられなかった魔電灯は、その一つだけではなかった。
 部屋中にある魔電灯の光が一斉に甲高い音を立てて消えた。
 部屋の明かりがいっせいに消えた。
 部屋の中にいた人々は、突然おとずれた暗闇を恐れた。
 すると、たちまちのうちにパニックが起こった。
 悲鳴と、机や、椅子に体をぶつける音で、忽ちのうちにその混乱は激化していく。
「……面白いわ」
 オフェリアは、その音をある所で聴きながら、その事を冷ら笑った。
 
 
 ケインと、チャムは、チョコレート工場へ急いでいた。
 工場の魔電灯の光が二人の目の前でいきなり全て消え失せた。
 これは何かあったと考えるのが普通だ。
 工場の二階では、毎晩、この近所の人々が集まって勉強会を開いている。まずは、その人達に何があったか聞かなければならない。
「今日の勉強会は休みなんだ?」
「バカいえ、さっきまでちゃんと予定通り授業してたよ」
 ケインと、チャムは、街灯の明かりを頼りにチョコレート工場に急いだ。
 そのチョコレート工場は、宿屋から近い場所に建っているのだが、このミールダウンヒルの街は坂道が多い。
 例え短距離であったとしても心臓破りの坂道も少なくはない。
 二人は、その工場に着く頃にはすっかり息が上がっていた。
「先生ー!」
 あまり、街灯の光も強くはない。
 だが、二人は工場の入り口で固まっている人影を見つけた。
「先生、御無事でしたか?」
「せんせー、怪我してないの?」
「ケインくん、あなたまた遊びに来たの?」
 それは、チャムの教え子達だった。
 チャムは、街の人達に安いお金で勉強を教えている。
 その生徒は、老若男女様々な年齢層からなっているが、皆仲良くクラスメイトをやっている。
 ケインは、そんなチャムの生徒達をちょっと羨ましいと思ったことがある。
「オフェリアは?」
 ケインは、その中にオフェリアの姿がないのに気が付いた。
 オフェリアは、ケインより先にこっちに向かったはずだ。
「オッフィーちゃん? 今日は見てないけれど?」
「ここに来てないって事はないんだけど?」
 ケインは、首を傾げた。
「あれ? 何か焦げ臭いような?」
 その時、ケインは何か焦げ臭い臭いを嗅いだような気がした。
 チャムは、ケインの言葉を聞くと、弾けたように工場の扉を開けた。
 その扉を開けた週間、白い煙がそこから外へどっと溢れた。
 
「オフェリア!」
 
 チャムはそう短く叫ぶと、工場の中に飛び込んだ。
 ケインも、反射的に体が動いた。
 この中にオフェリアがいるという直感がそうさせ、誰も止める暇を与えなかった。
 ケイン達が工場の中に飛び込むと、そこは白い煙で充満していた。
 二人は、服の袖で口を覆いながら、辺りを見回す。出来るだけ早く火元を見つけなくてはならない、それにオフェリアを。
 チャムが、いきなり白い煙の中を走り出した。ケインは、チャムの後を追う。
 すると、オフェリアが倒れているのが見えた。
 二人は、オフェリアに掛けより、助け起こした。
 オフェリアは、うっすらと目を開けた。
 そして、ある方向を指差した。
 二人はその方向を見る。
 そこには、この工場の魔電灯を全てコントロールしている装置があった。
 それは、白い煙を吐き出し続けてている。
(これを……なんとか……しないと……)
 ケインは、急に目眩がした。
(頭が……ボーッとしてる?)
 ケインは、膝をついた。
(駄目だ、この装置を止めるには……氷属性の魔法しかない……今、その魔法を使えるのはオレしか……)
 ケインは、ふと顔を上げた。
 そこには、チャムが心配そうにケインを見ていた。
 チャムは頼りになるが、魔法を使えるはずはない。
 魔力保有者は、数千人に一人という確率しか生まれない。
 チャムは、もちろん魔力保有者ではないし、その魔力を操る方法も知るはずがない。
 
『大いなる……銀の精霊……その力……息吹となって……白き祝福……舞い降りよ……』
 
 ケインは、自分の耳を疑った。
 今、チャムが唱えているのは魔法だ。
(そんな……チャムが魔法を使えるはずなんか?)
 ケインは、薄れていく意識の中でその精霊句を確かに聞いた。
 
(チャムって……何者なんだ?)
 
 その疑問が頭を過ぎった時、ケインの意識は完全に途絶えた。
 
 
to be continue
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