「オフェリア! それにケインじゃないか!」
ミールダウンヒルの街、その一角にある宿屋から歓喜の声が上がった。
「お母さん、お久し振り」
「本当、久し振りだよ」
喜びの声を上げたおばさんは、オフェリアをその腕で抱きしめた。
「お母さん、そんなに力いれたら苦しいよ」
「いいじゃないか、本当に久し振りなんだから」
「もう、お母さんったらぁ」
おばさんは、オフェリアの髪を優しく撫でた。
「よっ、熱いね、ご両人!」
ケインは、オフェリアとおばさんの様子を見てそういう。
「お母さん、やっぱり恥ずかしいよ。お客さんも見てるよ」
「あらぁ、やだ、どうしましょう」
おばさんは、オフェリアのおでこに自分の額をひっつけた。
「やめてよぉ」
オフェリアは、顔を赤くした。
「あはは! わかったよ。今度はケインだ」
おばさんは、そういうと今度はケインに抱きついた。
「おばちゃん、勘弁!」
抱きつかれたケインは、オフェリアより真っ赤になった。
「仕方ないねぇ、これくらいで許してあげるよ。さあ、あの部屋は、あのままにしてあるから、服もね」
「着替えてきて、いい?」
オフェリアは、遠慮がちに聞いた。
「早くいっておいで。着替えはいつも、オフェリアが先にすませてるだろ」
「うん」
オフェリアは、小さくうなずいた。
「あー、恥ずかしかった」
オフェリアは、真っ赤な顔をして二階に上がっていった。
「あーはっはっはっは。いつも、あんな調子なのかい?」
「おばちゃん……それ、ワザとオレに聞いてるだろ?」
「もちろんだよ」
おばちゃんは、目を細めた。
「ただね、あの子が無理をしていないか。いつも、そればかり気になってね」
「オレの事は、気にならないの?」
ケインは、首をひねった。
「気になって仕方ないよ。あんたは別の意味で無茶をするからね」
「ヘヘヘヘ、それほどでも」
ケインは、胸を張り、威張って見せた。
「ところで……」
おばちゃんは、本題を切り出した。
「例の手紙、今日も持ってきたのかい?」
「もちろん。これが最後の手紙になる……と思う」
「……そうかい」
おばちゃんは、ケインの肩を叩いた。
「良かったじゃないか! これで元の居場所に戻れるじゃないか!」
「いってぇ! おばちゃん、バカ力」
「あっはっはっはっはっはっはっはっは」
おばちゃんは、豪快に笑った。
「それじゃあ、それ預かるよ」
おばちゃんは、例の物を渡せとばかりに手を出した。
「・・・・・・」
ケインは、マントの下から一枚の手紙を取り出した。
「最後の報告書だなぁ」
「……今まで…大変だったね」
おばちゃんは、天井を仰いだ。
「別に、そうでもなかったけどな。おばちゃんも、手伝ってくれたし、おじちゃんだって手伝ってくれた。だから……楽勝」
「強がってるね」
ケインは、真剣な表情でおばちゃんを見上げた。
「おばちゃん、オレ、わかったんだ」
「何をだい?」
「魔力があるか、無いかでその人の価値は決まらないって事。オレ達、魔力のある子どもだけが、あのミラーナ学園に集められてる。オレは、その学園に潜り込んで、中の状況を探るのが任務だった」
「あんたの両親は、どういう親なんだい? ケインにスパイみたいな事させて」
「それは言えない」
ケインは、すまなそうに頭を掻いた。
「それに、この手紙は関係あるんだろ?」
「うん……ブルーベル公家に届くんだ、その手紙」
おばちゃんは、ケインの言葉を聞いて、目を見開いた。
「驚くよね。ブルーベル公家は、王様から国の自衛を任されている一族だから」
「ちょっと、まちな!」
おばちゃんは、ケインの腕をひっ掴むと、奥にある部屋に引っ張り込んだ。
「おや、ケイン。来ていたのかい」
その部屋の中には、この宿の主人がいた。
「オレ、神出鬼没だから」
「ははは、おまえらしい言い訳だ」
ケインと、そのおじちゃんは、ニヤリと笑い合った。
「ちょっと、あんた! そんな事言ってる場合じゃないよ!」
おばちゃんは、先ほどケインが話したことを主人に話した。
「……ケイン、おまえ」
主人は、鋭い目をしてケインを見据えた。
「ごめん、おばちゃん達を巻き込む気はなかった。もし、この関係がアイツラにバレたら、恐ろしいことになるから」
ケインは、顔を下に向けた。
なるべく、おばちゃんと、恐い顔をしたおじちゃんと目を合わせないために。
「ケイン、おばちゃんは情けないよ! ケインにとって、おばちゃんはそんなに頼りない存在だったのかい?」
「え?」
「最初からワケアリなのは知っていたよ! あの壁を越えて、こちら側に逃げてきたのはアンタ達だけじゃないからね。おばちゃん達は、アンタ達となら、何だって切り抜ける覚悟でいたんだよ!」
おばちゃんは、ケインに噛み付かんばかりの勢いで迫った。
「私達は、あの壁の向こうで何が行われているかを聞いている。私達はね、ケインの手伝いがしたいんだよ」
おじちゃんは、真剣な目をしている。
「本気?」
「もちろんだよ! おばちゃんは、二人のことが、たまらなく好きなんだよ!」
「おじちゃんだってそうさ!」
おじちゃんと、おばちゃんは、ケインを見ていた。
二人は、嘘はついていない。
ケインはそれを見て、笑いを堪えきれなくなった。
「あははははははははははははははははは!」
ケインは、お腹を抱えて笑い出した。
「今の、信じた? オレの名演技!」
おじちゃんと、おばちゃんは、呆気にとられていた。
「確かに、今日がお別れの日だけどさ。まさか、オレがこんな騙し討ちをするとは思わなかっただろ? オフェリア! 大成功だぜ!」
ケインは、ドアの向こうに潜んでいる彼女に声をかけた。
「……ここまですんなり引っ掛かるとはね。大人って、チョロイわ」
オフェリアは。ゆっくりとにドアを開けて放った。
オフェリアは、先ほどのマントを脱いでいた。
髪は後ろで紅いリボンで束ね、半袖の白いコットンブラウスと、膝がすっぽり隠れる丈の真っ黒なワンピースに着替えていた。
見た目は、何処にでもいるような街娘だが、その勝ち気な瞳がどこか、大人びている。そのアイスブルーの瞳は、猫の瞳を思わせる。
「お母さん、お母さんとも今日でお別れね? ……次、お母さんと会うときは、私と、お母さんはあかの他人だわ……約束通りね」
「オフェリア!」
おじさんは、オフェリアをにらんだ。
「本気で、言っているのか!」
「ええ、そうよ。そういうことは、はっきりさせておいた方がいいから」
オフェリアは、涼しい態度でそういった。
「ケイン。私、着替え終わったから、アンタも着替えてきたら? 私は先に、勉強会に顔出すから」
「……わかった! また後でな」
ケインは、オフェリアの傍を通り過ぎ、階段を登っていった。
ケインは、そのまま先ほどオフェリアが着替えていた部屋に入っていく。
一方、オフェリアは、外につながる扉を開けて、外に出ていった。
そこにはもう、おばちゃんと、おじちゃんの二人しかいない。
「……嘘を付いているねぇ、あの子達」
「ああ、いくら大人がチョロくても、親代わりの私達の目は誤魔化せはしないさ」
二人は、しばらく押し黙った。
「……あの子達が、初めてこの家にやって来た日の事、アンタは覚えている?」
「もちろんだ。あれは、風の強い日だった。オフェリアと、ケインはチャム先生に連れられてこの家にやってきた」
おじさんは、懐かしそうにその事を語り始めた。
「あいつ等は、初めて出会ったとき、何処ぞの坊ちゃん、嬢ちゃんの綺麗な服を着ていたな。チャム先生からあいつ等の事を聞いたときは、たまげた。あいつ等は、あの壁の向こうからやって来たそうじゃないか。あの魔法使い養成所、ミラーナ学園からやって来たなんて……つくづくあの学園とは因縁があると思った。 あの子達が、本当にあの施設からやって来たかどうかなんて、あの子の目を見たら、そんなことはどうでもよくなった。あの子は、愛情に飢えた目をして、真っ先に私達を見たのだから。私達は、あの子が哀れに見えて仕方なかった。ミラーナ学園とは、十の歳もいかない子どもを親元から無理矢理離し、魔法使いの教育だけを叩き込ませる所だ。数千人に一人生まれるかどうかの魔法能力者。それは確かに貴重だ。 だが、魔力を持っている子どもと、持たない子供は何が違うというのだ? 違ったものは、たった一つ……あの子は、笑顔を忘れていた」 ボーン ボーン ボーン ボーン……
丁度その時、部屋の片隅にある柱時計が、9時を示した。
「最近は……昔に比ると、よく笑うようになったけどね」
おばちゃんは、そうつぶやいた。
「アイツ……コレを着ていたのか?」
二階の着替えを置いてある部屋には、紅色のドレスが目立っていた。
ドレスは、摩電灯の明かりを受けてその紅色を色鮮やかに照らし出した。
ケインは、そのドレスを見て、不吉なものを感じていた。
to be continue
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