LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第1話
MoonLight Faith1
 
 
 
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 夜の街
 そこは、子供が来るべき所にあらず。
 酒屋、酔っぱらい、ケンカ……必ずこの街の何処かで見かけるものである。
 このような荒々しく、危険な所へは誰も立ち入るべきではない。子供を持つ親なら、必ずそういうだろう。
 少し難しい言葉を使えば、英才教育上あまり子供に見せるべきではない、という事だ。
「何が英才教育だ。こんなに面白いのに」
「あなたが変わってるのよ、こんな夜遅くに出歩く神経自体どうかしてるのよ」
 この街の一角に、トテトテと歩く二人組がいた。
 とても、この街には不釣り合いな二人組だ。
 二人とも、膝下まであるコートで身を包み、フードを被らないでいる。
「ところでさ、あっちの守備はどうなってんの?」
 その二人組の片方の男が、彼女に聞いた。
「それを私に聞くの?」
 彼女は、その凛とした瞳を男の方に向ける。
 彼女は、くせのある黒髪に、その澄んだ湖を思わせる美しいアイスブルーの瞳がとても印象的な娘だ。
 彼女は、男をバカにしたような笑いを浮かべた。
「ねえ、私達が、どうしてこんな夜中に出歩いてるか、その目的覚えてる? どうせ、覚えてないと思うけど」
「うーん、何だろう?」
 男は、彼女におどけて見せた。
「ヒント、いる?」
「気が利くね」
 男の方がそう答えると、彼女は近くにある大きな壁に向かって小走りに走った。
「この壁の向こう側」
 彼女は、男の方を向いて、両腕を拡げた。
「わかった!」
 男は、わかったとばかり、手を挙げた。
「金銀財宝! 特に、高価な宝石とか、高く売れる美術品!」
 
 ゴチン!
 
 彼女の鉄拳が男の頭にとんだ。
「ふざけんじゃないわよ! あんたね、もうちょっとマトモな答え方出来ないわけ? あんたはともかく、私をそこらのコソ泥と一緒にしないで!」
「ヘンッ! ワザとに決まってんだろ」
「・・・・・・」
 彼女は、男を無視して壁を登り始めた。
 壁沿いには、どこかの店が放置した酒樽や、壊れた椅子やらが置きっ放しになっている。それを伝えば、壁の上まで行くのは容易い。
「ここに答えはあるわ」
 彼女は、その壁の上までたどり着いた。
 丁度その時、曇っていた空が晴れた。
 月を隠していた雲が、風に運ばれていく。
 顔を出した月明かりが、学園と街を隔てている壁の上に飛び出した人影を照らし出した。
「あそこは……」
 彼女は、その学園を見つけた。
「牢獄の庭だな」
 男も壁の上に登っていた。
「……アタシがさっき聞いた、アタシ達の目的、思い出せたの?」
 風は、彼女の髪を方の後ろへ流した。
「今、答えなきゃダメなのか?」
 男の切りそろえた髪も、風に揺れる。
「……別に。月が綺麗だから、今日は、何も言わないで」
 二人を月は照らした。
 二人の目の前には、大きな建物が存在している。
 彼女は、壁の上に座り込んだ。
「もし、ね」
「ん?」
「私が、悪魔に魂を売ってたら、どうする?」
 彼女に、月の光が降り注ぐ。
「悪魔に魂を売った子どもは、神隠しにあう運命を背負うの」
 彼女は、妖艶な微笑みを浮かべた。
「こんな風にね」
 彼女はそういうと、その姿を夜の闇の中に消し去った。
 彼女の姿は、男の視界から一瞬にして見えなくなった。
「……あいつ、消えた」
 そこには、彼、しかいない。
 彼は、壁の上に一人取り残された。
「オフェリア! おい、オフェリア! 返事しろ!」
 彼の呼びかけに、返ってくる声はない。
「おい! オフェリア! 人をからかうのもいい加減にしろ!」
 彼は、もう一度彼女に向かって呼びかけた。
 だが、そこは風がビュウビュウと吹き続けるだけで、何の声も聴こえはしない。
「……嘘だろ」
 彼は、青くなった。
 彼は、お化け、物の怪の類はあまり信じる方ではない。
 だが、目の前で人一人が煙のように消えたとなると、話は別だ。
 彼は、全力で壁の上を走った。
 壁の厚さは、幅2メートルを超えるものだ。
 高度は、10メートルを超えるが、何回もこの壁を上り下りしていれば、この壁の上をを走るコツをつかめるものだ。
 もしかしたら、この壁の上の何処かで、オフェリアを見つけられるかもしれない。
 彼は、前の見えない闇の中を全力で走った。
 彼は、先ほどまでオフェリアと一緒だった。
 壁の上で月を眺めていたオフェリア。
 それが、今さっき煙のように消え失せた。
 
 どうやって?
 
 どうやってあの場から一人の人間が消え失せたのか?
 ここで一つ考えが浮かぶ。
 
 誘拐か?
 
 そうだとしたら、犯人はよっぽどの物好きに違いない!
 オフェリアは、色気はあるがペチャパイだ。
 それに、あの気の強さは半端ではない。
 そこで、彼はある結論に達した。
 
 アイツを誘拐した犯人は、変態野郎に違いない!
 
 ここ最近、年頃の女が誘拐されて、そのままその誘拐犯に殺される事件が相次いでいる。
 もし、オフェリアがその殺人鬼に捕まったとしたら?
 彼の背筋に冷たい汗が流れた。
 
 彼は、全力で走っていた足に、ブレーキをかけた。
 彼は、そのままオフェリアが消えた現場へUターンする。
 よく考えれば、事件が起こった現場から犯人が逃走出来るルートは二つに限られていた。
 それは、壁の上を左右に走って逃げるルートと、壁の下に降りて逃げるルートだ。
 壁の左右には、怪しい男の姿は見られなかった。
 だとしたら、犯人は、壁の下からオフェリアを無理矢理引きずり降ろし、悲鳴を上げられないように口を塞いだ。
 彼は、先ほど壁を登ってきた所から、素早く壁下に降りた。
 時間の経ち方からして犯人は、まだ遠くに行っていないはずだ。
 彼は、そのまま右の道を走った。
 左の道は、先ほど壁の上を走っている時に見下ろして確かめた。
 その時に、人の気配は少しもなかった。
 犯人の逃走ルートは、右の道に間違えない。
 
 彼の推理は当たっていた。
 彼の視界に、怪しげな男が女の子を抱き上げて、ゆっくりと道を進んでいる。
 彼は、男の背中に向かって突進した。
「オフェリアを返せ!」
 彼は、犯人に向かって突撃していく。
 左足! 右足! 左足! 右足!
 彼は、勢いをつけて、右足で踏み切った。
 右足!
 彼は、背中を向けていた男に躍り掛かった。
 
 ゴン!
 
 その瞬間、目から火花が散った。
 彼の目から火花が。
 彼が、男に躍り掛かった瞬間、男は、振り返りもせず、何かを投げつけた。
 その硬い物は、見事に彼の額に命中した。
 彼は、それに押し返され、仰向けに倒れた。
「何の真似だ?」
 男は、彼に尋ねる。
「何って、決まってるだろ! オフェリアを……お、おお?」
 彼は、犯人の顔を見た。
「何で、アンタがここにいるんだ!」
 彼の目は、男に釘付けになる。
「可愛い女の子が手に入ってね。これから、この子とデートだ」
「……とかいって、オフェリアを何処かに売り飛ばす気だろ!」
「いやいや……」
 彼は、男をビシッと指さす。
「いくら貧乏で、塾の経営が上手く回らないからって、近所のオッチャンがガキ攫ってどうするんだよ!」
「オッチャンとは失礼な」
「そうよ、私がオッチャンとデートするわけないでしょう」
 男の腕に抱きかかえられていたオフェリアは、小さく欠伸をした。
「ねえ、チャム。本当は、私とデートしている暇なんてないんでしょう?」
「可愛い妹のためなら、どんなことでもしてあげたくなるんだ。分かってくれるかい?」
「あら、私いつからチャムの妹になったのかしら?」
「オフェリアは、危なかっしくて放っとけないからね。今日も、あの壁の上から僕目がけて飛び降りたりするし……もし、僕が空から降ってきた君を受け損ねていたら、どうするつもりだった?」
「どうもしないわ。もし、そうなっていたら、私は骨でも折って、死んでいたんじゃないの?」
 二人の淡々とした会話に、彼は混乱した。
「一体どうなっているんだよ!」
 彼は、頭を抱える。
「チャム、もうそろそろ授業を始める時間でしょう」
 チャムは、オフェリアを地面に降ろした。
「わかっているよ。オフェリア、あんまりケインを困らせるな。ケインだって、これから有望株に間違いないんだから」
「冗談言わないでよ。イイ男は、チャム一人で十分よ」
「ハッハッハ。それじゃあ、また後でな。ケイン、お姫様を大事にしろよ」
 チャムは、彼に笑いながらその一言をいって、立ち去っていった。
「……誰がお姫様なんだ?」
「もちろん、私よ!」
 彼の隣には、ウットリとしているオフェリアがいる。
「なんて、悪趣味な……」
 彼は、口を滑らした。
 その刹那。
 
 ガン!
 
 彼の首がある2ミリ横を何かが通り過ぎた。
 それは、彼の後ろにある壁に当たり、大きな音を立ててめり込んだ。
 オフェリアは、その壁にめり込んでいる物を拾い上げる。
 それは、チョークだった。
 黒板に字を書くときに使う白いスティック。
「命中したようだね!」
 立ち去った様に見えたチャムが、遠くから手を振っている。
「相変わらず、上手いよね。チョーク投げ」
 オフェリアは、手を振り返す。
「全く、その通りだ!」
「……自信過剰だろ」
 彼は、二人にそうツッコミたい心境だった。
 チャムは、この近所に私塾を開いている二十代後半の男だ。
 チャムには、生き別れの妹がいるらしい。そのせいか、チャムはオフェリアを妹のようにかわいがっている。
 それが、先ほどの親バカならぬ、妹バカの行動だ。
 チャムは、彼がオフェリアの悪口を言う度に、手に持ったチョークを彼に向かって投げる。
 彼と、オフェリアは再びチャムを見送った。
「ところでオフェリアさ、アイツといくつ歳が離れているか、自覚してるか?」
「愛に年齢の差は関係ないのよ」
 オフェリアは、ツンと後ろを向いた。
「十歳以上は離れてるわよ。それでも、チャムは私が好きなんだって」
「おまえ、絶対アイツに遊ばれてるだけだ」
「だから、何?」
 オフェリアは、隠し持っていた棒付きの特大キャンディを彼の目の前に突き付けた。
「この飴はチャムがくれたの。本当に私を恋人だと思っているのなら、飴じゃなくてキスをくれるはずよ。まあ、あなたに私の言っていることが理解出来るとは思わないけれど? だって、ケインにはこの飴がとてもお似合いなんですもの? ねえ、ケ・イ・ン・君?」
「おい、ちょっと待てよ……」
「えい!」
 彼が何か言おうとしたのと同時に、オフェリアは彼の口の中にその飴を突っ込んだ。
「あにをする?」
 彼は、その特大飴の大きさに、一瞬窒息しそうなりながらも、何とかオフェリアにそう聞いた。
「大丈夫よ。飴は、私の歳の数だけもらったから、私の分はまだまだあるわ……十二個も、もらったから」
 オフェリアは、それだけいうと彼に背中を見せて歩き出した。
「ひょっと待て!」
 彼は、その特大飴で窒息しそうになりながらも、オフェリアの後を追った。
 
 
 ケイン、オフェリア、共に十二歳。
 二人は、何がどうあれ、その飴がとても好きで仕方なかった。
 
 
to be continue
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