LIBERTY
TRABELERS
Episode2 序章
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 LIBERTY
 それは、閉ざされし学園での希望
 明日を信じる人類の合い言葉
 
 椅子を二つ、背中合わせにあわせて、そこにお互いそっぽ向いて座っている二人の少年がいた。
 この教室には、二人の他は誰もいない。
 ただ、窓の外から射し込む光が、長い影法師を二つ、映し出している。
「いよいよだな」
「・・・・・・」
 その少年は、首をひねって、後ろにいる女の子に話しかけた。
「・・・・・・」
 女の子の返事はない。
 女の子は、椅子の上で足を抱きかかえている。
「あーああ」
 少年は、ぶっきらぼうに頭をかきむしる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 
 ・・・・・・
 
 沈黙
 ついに、この沈黙に耐えかねた少年は、彼女の顔をのぞき込んだ。
 少年は、軽やかに椅子の上に飛び上がると、背もたれを掴んでバランスをとる。
 そのまま、その少女を見下ろすような姿勢で顔を彼女の目の前に突き出した。
 すかさず少年は、自分のほっぺたをつかんで横に引っ張った。
「がっきゅう○んこ」
 少女は、思わず吹き出してしまう。
「なによ、バッカじゃないの? あなたね、何でそう、いつも、いつもバカやってられるのよ。信じられない」 そのとき、彼女の沈んでいた瞳が、元の明るさを取り戻した。
「何だ、元気じゃん。チェ、掛けはオレの負けだな」
 少年は、指をパチンと鳴らした。
「アッ、あなた達!」
 少年の合図があると、教室の入り口がゆっくりと音を立てて開いた。
 扉の向こうには、二人のクラスメイトが、こちらを覗いている。
「・・・・・・」
 彼女が、横目で少年をにらむ。
「まあまあ」
 少年は、ニカニカと笑っている。
「ねえ」
「はいはい」
 彼女は、少年を真剣な顔で見た。
「掛けって、どういうことよ」
「え?」
「聞きのがさなかったわよ! あなた、今、カケゴトがどうとかいってたわよね」
 彼女は、ズイッと伸ばした人差し指を、少年の鼻先に押しつけた。
「……さあ」
 少年は、彼女の気迫に押された。
「それはさ……」
「わあああ! コラ! 何もいうな!」
 クラスメイトの一人が、彼女の前にしゃしゃり出た。
 少年は、あわててその男の子の口をふさいだ。
「あら、あなたもキョーハンなの?」
「いや、そんなんじゃ……」
「口答えしないでね、ウフフフ」
 彼女は、ゆっくりとその男の子の方へ、首を回した。
 彼女の顔には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
 その男の子は、あっさりと共犯にされてしまった。
「ちがうのよ、二人とも、あなたを心配してあんなことやったの。だから……」
 もう一人のクラスメイトが、その男の子のフォローにはいる。
「あら、私の楽しみをとるつもりなの?」
「え?」
「だ・か・ら……」
 少女は、その女の子に耳打ちする。
「……でも」
「これくらい、いいじゃない。別にとって食おうというわけじゃないんだから、ウフフ」
 少女は、楽しそうに笑う。
「……ヤな予感」
「右に同じく」
 少年と、男の子は、ジリジリとその場から離れる。
「あら、何処へオデカケかしら?」
「いえ、何処にも」
「右に同じく」
 少年と、男に子は、ギクリとその場で足を止めた。
「ここに、麗しいレディが二人もいるのに、それを放っていくの?」
「いえいえ、そんなことは……」
「右に同じく」
「そうよね、そんなことしないわよね」
「……ちょっとカワイソウかも」
 彼女は、椅子からスクッと立ち上がると、ゆっくりと少年たちの方へ歩いた。
「じゃあ、ここにいてくれるわよね?」
 彼女は、少年達の肩に手をかける。
「ね?」
「いやだ」
 少年は、彼女の方へ振り返った。
「……どうして、かしら?」
「そんなの……長年つきあってたらわかるだろ」
「じゃあ、私が今、何をしたいか、当てられるかしら?」
「うーん」
 少年は、彼女の顔をマジマジと見る。
「わかるはず……ないけど。あなたには」
「わかんないな」
「え?」
「ええ?」
「えええ?」
「わかんないって、いった」
 その場にいる全員が少年を見る。
「だけどな、きっと、碌でも無いこと考えている事ぐらいはわかるぞ。例えば、この前、黒板消しを間違えてある人の顔の真ん前ではたいたのをまだ根に持っていた。その仕返しがしたいとか?」
「・・・・・・」
「そうじゃなかったら、この前、ディナーに出たデザート。ちょっと誰かさんのをつまんで食べた。それを問いただしたいとか?」
 夕焼けの光は、その場をセピア色に染める。
「……墓穴掘ってるよ」
「……神様、彼が無事でありますように」
 夕暮れの光は、人を血の池地獄に誘い込んだ。
 きっと、血の雨が降る。
 
「ウフ、ウフフフフフフフフフフウフフ!」
 
 彼女は、笑っていた。
 少年の襟首を、しっかりと握って。
「え? なに?」
 少年は、何もわかっていない。
「もう、だめだ!」
「せめて、死なない程度に……」
 二人のクラスメイトの祈りは、天にはとどかなかった。
 
 バン!
 
 彼女は、そのまま後ろへ少年を突き飛ばす。
 
「約束は、破るためにあるのよ! だったら私は……!」
 
 タッタッタッタッタッタッタッタッタ
 ガラン!
 ピシャリ!
 
 彼女は、それだけいうと、走って教室を出ていった。乱暴に扉を閉めて。
「・・・・・・」
 少年は、呆然と彼女を見ていた。
 他の二人も同じく。
「なあ、やっぱりあいつが、秘密を漏らしてるのか?」
 少年は、そこにいる二人に聞いた。
「そんなこと、ありえないよ! あの計画を、一番がんばったのは彼女なんだよ!」
「そうよ、そんな事有り得ないわ。ねえ、こんな事やめましょう。あの人は、ちょっとした嘘をついたぐらいで、よそよそしい態度を人に見せる人じゃないわ」
「じゃあ、アイツ、今日は何であんなに暗いんだ?」
「それは……」
「……わからないわ」
 クラスメイトの意見は、当てにならなかった。
「……まっ、いっか。アイツは……」
 少年は、紅く染まる窓の方向を見た。
 外は、暗くなってきていた。
 
 もう少し
 
 もう少しすれば、明るく輝く太陽の光は
 
 この楽園にもとどかなくなる
 
 そうすれば
 夜がやってくる
 
 夜は、何もかもを黒く染めるだろう
 
 これから起ころうとしている
 隠れた「悪意」と、「裏切り」さえも
「……アイツは、仲間だ。疑う事なんか出来るわけないだろ、初めっから」
 ダンッ!
 少年は、勢いよく机の上に飛び乗った。
「もう一回掛けてもいい。アイツは、信じられる。何回同じ賭けをしても、オレは百連勝する。絶対オレが勝つ!」
 少年は、机の上に仁王立ちになった。
 窓から射し込む光が、三人を照らす。
 オレンジ色の光は、少しずつその光を落としていく。
 陽は暮れていく。
 やがて、その光に照らされた三人の足元から長く伸びた影は、小さくなった陽の光とともに消えていく。
 
 夜がやってきた。
 
 夜の闇は、やがて、少年達のその姿さえ、見えなくしてしまう。覆い隠してしまう。
 
 
 タッタッタッタッタッタッタッタッタッタ
 彼女は、日暮れ時の廊下を走っていた。
「おい、裏切り者」
 彼女は、その声に振り返る。
 彼女の目線の先には、一人の意地の悪いクラスメイトがいた。
「何処に行くんだ?」
 彼は、彼女の方へゆっくりと近づいてくる。
「あら、ごきげよう。どうしたのかしら? あなたが私に声をかけるなんて。良くない事が起こる前触れみたいね」
「オレは、そんなことは聞いてない」
「・・・・・・」
 彼は、彼女の前に立ちふさがる。
「どいて」
 彼女は、彼を押しのけて、もう、陽の光の残らない廊下を進む。
「逃げるんだな」
「・・・・・・」
「そうか……もう、後には引けないぞ!」
「・・・・・・」
 彼女は、足を止めない。
 彼女は、淡いオレンジ色のスカートをゆらゆらと揺らして歩いていく。
 ふと、彼は気付いた。
 彼女のスカートの色が、陽の光と同じ色であることを。
「この服はね……」
 ……トンッ
 彼女の靴が、乾いた音を立てた。
 彼女の足は歩みを止める。
「……私に一番良くしてくださる方からのプレゼントなの。そうね……ワイロ、なんて呼び方もするかしら」
「……やっと、化けの皮がはがれてきたな」
 彼は、一瞬、不敵に笑った。
 彼女は、それを見逃さない。
「……うれしそうね」
「そりゃそうさ。オレと同じ人間が目の前にいたんだ。その良い子ぶった化けの皮を一気にはがせると思うと顔が笑ってくる」
「・・・・・・」
 彼女は、何もいわない。
 彼女は、彼を残してその場を立ち去った。
 
(そっちがその気なら、とことんおまえにつき合っててもいいな。その代わり、覚悟してもらうからな)
 
 彼は、心の中でそっと、そうつぶやいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 外は暗い
 
 夜は暗い
 
 何故?
 
 それは、陽の光のとどかないところで育つイキモノが存在するから。
 夜がこなければ、そのイキモノは、日の当たる場所を占領しようと、暴れ出すから。
 
 宵闇は、そんなイキモノたちを目覚めさせようと、彼らにささやきかける。
 
 
『パーティーを始めましょう』と

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