ケインと、フウマは、大急ぎで廊下を走っていた。 ケインは、フウマの手を掴み、全力で廊下を駆ける。 一方、腕を引っ張られているフウマは、事情が呑み込めずに、ケインにその事を尋ねる。 「ケイン、何かいいことでもあった?」 「オフィがさ、オフィって呼んでいいってさ!」 「オフィ? それって……まさかっ?」 「オフェリアだよ。もう嬉しくってさ、オレ」 ケインは、足を加速させながら、フウマに嬉しそうに笑ってみせた。 「それで、これから今日の打ち合わせな」 「そっか。いよいよなんだね」 「ああっ!」 ケインと、フウマは互いに頷きあった。 「ところでフウマさ、さっき保健室の中で何やってた?」 「そ、それは……内緒だよ。それよりケインはさ、甘い物って食べられる?」 「甘い物? オレは、好き嫌いならないけど……?」 そして、そんな事を話しながら、オフェリアと、メアリの待つ場所へ向かって足を速めた。 ケインが、何かがおかしいと勘付き始めたのは、アンジェリカが消えた次の日、アリス先生の授業からだった。 「アンジェリカさんね……何処へ行ったかわからないの」 アリス先生がその日、授業を始める前に教壇について発した第一声はそれだった。 一瞬、間があった後、教室中はざわめきだした。 その時、ミシェイルが透かさず手を挙げた。 「先生、それどういう意味なんですか?」 「アンジェリカさんは、昨日から姿が見えなくなって、この学園の何処を探しても見つからなかったのよ」 ケインは、反射的にオフェリアの方に視線を向けた。 オフェリアは、何も動じる事なく、そのクラスの様子を傍観していた。だが、ケインは気付く。その前を向いた瞳は、微かに戸惑いの色を浮かべ、揺らいでいた。 そのオフェリアの様子を確認したケインは、今度はメアリと、フウマの方に視線を向ける。二人は、不安そうな面持ちでそのクラスの様子を伺っている。 「それは、ここから外に出て行ったってことですか?」 ミシェイルは、アリス先生にそう疑問をぶつける。 アンジェリカは、この学園から出たいと脱走を繰り返していた。そういう風な話の流れになるのは自然だ。 「そうかもしれないわね……アンジェリカさん、もしかしたら、もうここには帰ってこないかもしれない」 そのアリス先生の言葉に、教室中はざわめきを増した。 「どうしてですか!」 ミシェイルは、そう尋ねる口調を強くする。 すると、教室中がシンと静まり返った。 ミシェイルは、誰に対しても日頃、こんな挑むような態度を取ったりはしない。皆はそれに驚いていた。 「アンジェリカさんは、元々ここより、お家の方に帰りたがっていたのよ。私はそんな彼女に、ここに残れと無理を強いるのは、どうかと思っていたの、本当はね」 その時、アリス先生の顔から、いつもの穏やかな表情は消えた。その顔は哀しそうに曇る。 「きっと、これでよかったのよ」 アリス先生は、そう呟くように皆の前で言葉にした。 そして、ケイン達が、ミシェイルから目を付けられるようになったのは、それからのことだった。 アンジェリカが姿を眩ましたのは、その前日だった。 その日の夜、ケイン達は秘密裏この学園を抜け出し、アンジェリカの家に行こうとしていた。 だが、その途中でアクシデントに見舞われ、アンジェリカの行方はわからなくなった。 それからケインは、アンジェリカを探したが、結局その日は、アンジェリカの姿を見つける事は出来なかった。 そして次の日、ケイン達はオフェリアの事を学園に告げる事はしなかった。だが、アリス先生はケイン達がそれを告げる前に、アンジェリカの事を話しだした。 何かがオカシイ ケインはその時、直感的にそう思った。 アンジェリカは、あれから自宅には帰っていない。 そして、その時点でアリス先生が知るはずもない事実をアリス先生は知っていた。 その事実から考えられる事は、たった一つ。 アンジェリカの神隠しと、この学園には繋がりがある。 それは、ケイン達全員がもった直感で、確信だった。 それからケイン達は、アンジェリカはこの学園の何処かに必ずいるという前提で、密かに探しまわっていた。 そして、学園中を調べていった結果、一番アンジェリカがいる可能性がある『青の部屋』を調べることにした。 青の部屋は、この学園の中央にある大きな礼拝堂だ。 そこは、この世界の万物の女神であるシィスターの像が置かれていて、皆の祈りの場所となっていた。 そして、その建物の中は、外から光が入るようにと、部屋全体の窓硝子は、全てが青色で統一されていた。 そこは外からの光が入ると、礼拝堂全体は青い光で満たされ、幻想的な空間をつくり出す。 ケイン達は、そこを調べていた時、シィスターの像の後に隠し扉があるのを発見した。 像の後の壁には、注意深く見なければ見つからないようなドアの形をした細い切り込みが入っていた。 そして、ケイン達はその扉を何とか開く事は出来ないかと、あちこち調べた。すると、シィスターの像の片手が動く事がわかり、それを手前に引っ張ると、その隠し扉はその動きに連動して横にスライドした。 その扉の奥には、もう一つドアがあった。 ケイン達は、そこに踏み居ろうとしたが、ドアには鍵が掛かっていたため、それは断念せずえなかった。 そして今夜、ケイン達はその秘密めいた部屋の奥にあるモノを確かめるために、動き出そうとしていた。 そこに、必ずアンジェリカがいると信じて。 それからケインと、フウマは、競うように全速力で廊下を走り、オフェリアと、メアリの元へ辿り着いた。 息切れを起こしながら走ってきた二人に、オフェリは少し呆れたような顔をして、メアリは軽く苦笑する。 そして、オフェリアは、そんな二人を窘めようと口を開きかけた。だが、オフェリアはそれを途中で止め、違うことをフウマに尋ねる。 「フウマ、何の香りかしら、これ?」 オフェリアは、フウマの顔に、自分の顔を近づけた。 フウマは、そのいきなりのオフェリアの行動に慌てた。 「か、香りって? ああ、キャンディーの事かな?」 「キャンディー?」 オフェリアは、フウマにそう問い返す。 「さっき、ニーム先生からもらったんだ」 「そう……どうりで」 オフェリアは、そういって納得した様に頷いた。 「何、考え込んでるんだ?」 ケインは、そんなオフェリアに声を掛けた。 「何処かで、かいだ事のある香りだったから。それが少し気になっただけよ」 「ふ〜ん、どれどれ?」 ケインも、徐にフウマの顔に自分の顔を近づける。 すると、フウマの口元から甘い香りが微かにした。 「な、なんだよ、二人して」 フウマは、そのケインの行動に、困ったような、呆れたような顔をする。 「そうだよな、どっかでかいだ事のあるよな、これ?」 「どんな香り、するの?」 すると、今度はメアリがフウマの顔に、自分の顔を近づける。 「これ、私もニーム先生からよくもらうよ」 「もらう、って?」 フウマは、そのメアリの言葉に、意外そうな顔をする。 「最初は味に慣れなかったけど、今はお気に入りだもの」 メアリはそういうと、ポケットから可愛い包み紙で包まれた飴玉を取り出した。 「それ? そうだ、思い出した」 ケインは、そういって手を打った。 「オフィもよく食べてるよな、これ?」 「えっ? そうだったかしら?」 そういうと、オフェリアは少し戸惑ったようだった。 「うん、いっぱいもらったから、オフィにもあげたもの」 「そうだった……かしら?」 メアリがそういうと、オフェリアの目は宙を彷徨った。 「……まさか?」 「どうした?」 ケインは、何かを難しそうに眉を潜めて考え込み始めたオフェリアの様子に首を傾げ、そう声を掛ける。 オフェリアは、そのケインの呼び掛けにハッとした。 「……いいえ。ただ……もう一ヶ月にもなるのね、あの子がいなくなってしまってから」 オフェリアのその言葉に、ケイン達の表情は曇る。 「ごめんなさい……だけど、諦めることなんて出来ない。アンが戻ってこないなんてこと……そんなの絶対ダメ」 オフェリアは、そう呟いて唇をギュッと噛み締める。 そのオフェリアの言葉にメアリと、フウマの表情は引き締まり、その瞳には炎のような決意の光が宿った。 「大丈夫だ、アンは絶対帰ってくる!」 そしてその時、ケインは皆の前でそういい放っていた。 一日中、降り続いていた雨はようやくおさまった。 雲一つない快晴の空から降り注ぐ月の光は、天井の青い硝子を通り抜け、その空間を青い光で満たしていた。 「青の部屋って名前、一体誰が付けたのかしらね?」 オフェリアは、その幻想的な青い光で満たされた礼拝堂を眺めながら、誰にいうでもなくそう呟いた。 ケイン達は、この部屋にある隠し扉を見つけてからというもの、周到に計画を立て、皆が寝静まる就寝時間を待って、密かにこの青の部屋に忍び込んでいだ。 「ケイン、頑張って」 「もしダメだったら、ボクが変わるからね」 メアリと、フウマが、隠し扉の奥に隠されたドアの前で針金を取り出し、それで鍵をこじ開けようとしているケインに声を掛ける。 「オレにまかせとけって。これくいらい簡単……あれ?」 ケインは、ドアの鍵をこじ開けようと、そのドアに手を伸ばした。だが、その異惑感に首を傾げて、ドアの取っ手をおもむろに引いた。すると、扉はケインの手に吸い付くようにして、いとも簡単に開いた。 「オレって天才!」 「というより鍵……最初から掛かってなかったんじゃ?」 「やっぱり、オフィもそう思うか?」 「ええ、そうとしか考えられないわよ」 オフェリアは、ケインに表情一つ変えずそう言い放つ。 「フウマ、このまま入って大丈夫なのかな?」 ケインと、オフェリアがそうしている間に、フウマは扉を開けて中を覗き込んでいた。 「あのさ、まっ暗だ」 フウマは、扉を大きく手前に引いた。 扉は、音を立てずにスッと外側へ開き切る。 ケインも、その部屋の中に入って行こうとした。 だが、オフェリアは行こうとするケインの腕を掴む。 「油断しないで」 「オフィ?」 「上手く事が進み過ぎてると思わない?」 「えっ?」 オフェリアのケインを掴んだ手に力がこもった。 「……大丈夫だから、行きましょう」 オフェリアは、そう呟くとケインの腕から手を離した。 「お、おい?」 オフェリアは、部屋の中に足を踏み入れていく。 それをケインは釣られるようにして後を追った。 フウマのいった通り、部屋の中は真っ暗だった。 「そこにいるよね、ケイン、オフィ?」 メアリは、携帯ランプを翳して辺りを照らし、ケイン達の位置を確認しようとした。 「メアリ、こっちいらっしゃい」 それをオフェリアは、メアリの手を手繰り寄せて、自分の方に引き寄せる。 「待っていたわよ、皆さん」 すると、その時、背後からその声は飛んだ。 皆は、その声に一斉に振り向く。 「ニーム先生!」 その人の姿を確認したフウマが、緊張に張り詰めた顔を綻ばせ、まっ先にその人物に駆け寄った。 「フウマくん、待っていたわよ」 「ニーム先生! どうしてこんな所にいるの? もしかして、ここの鍵、はずしといてくれたのって?」 「ええ」 ニーム先生は、片手を皆の方に差し出して見せた。 その手の中には、鍵が握られている。 「フウマくんが、ここに忍び込むっていってたから、心配になって、手を回しておいたのよ」 「フウマ……おまえ?」 ケインは、はしゃいでいるフウマを凝視する。 「大丈夫、ニーム先生は信用出来るよ!」 フウマは、悪びれる様子もなく、ケインにそう答えた。 「あのな……それならそうと、どうしてオレ達にその事話さなかったんだ?」 「いや、だって……僕と、ニーム先生だけの秘密にしておきたかったていうか」 するとフウマは、目線を明後日の方へ逸らし、手を合わせ、モジモジとする。 「私は、あなた達の身方よ、安心して。私だって、アンジェリカさんのこと、心配してたのよ」 ニーム先生は、そういってケインの前に進み出た。 「まあ……今更仕方ないよなぁ」 「仕方ない、じゃないわよ」 ケインが、そう呟く。すると、オフェリアは、キッと鋭い目をしてニーム先生を睨み付けた。 「心配しているっていうなら、今までどうしてアンジェリカを助けだそうとしなかったの?」 「それは……私だってまさか、こんな事になってるなんて思いもしなかったもの」 「どういう事なの?」 オフェリアは、ニーム先生にその挑むような鋭い視線を投げ掛ける。 「私もこの部屋には初めて入ったのだけど……大変なモノ、見つけてしまったの」 ニーム先生は、そういうと、部屋の暗くなっている方を指差した。そこには、何か大きな物が置かれている。 ニーム先生は、ランプを灯す。 すると、それは淡い光を放ち、周りが少し明るくなった。ケインは、その目の前にある物に目を凝らす。 「何だ、これ?」 そこには、一つの大きな長方形の箱が置かれてあった。 ニーム先生は、その箱にランプの光を翳す。 すると、その箱の正体が現れた。 それは、大きさは大人一人入れるくらいの長方形の箱で、その上部はどうやら硝子張りになっているらしく、ランプの光はその硝子によって跳ね返り、うっすらと光った。ケインは、まっ先にその中に入っている物を見ようと、中を覗き込む。そして、目を見張った。 「なんで、だよ?」 そこに入っていたモノは、見覚えのある女の子だった。 ケインの後ろで息を呑む気配がする。 その気配がした方に反射的に振り向くと、その場には、メアリが凍り付いたように立ちつくしていた。 「アン?」 オフェリアは、その場に座り込み、そのアンジェリカが閉じこめられている箱を凝視する。 そして、硝子張りになっている部分に手で振れた。 「どうして……こんな?」 「アン? なんで、どうしてこんな所で寝てるんだよ?」 フウマも、その場に座り込み、その箱の硝子を叩く。 「ニーム先生……これ、どういう事なんだ?」 |