LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第16話
消えた少女
 
 
 吹雪は、その街全体を包み込むように吹き荒れていた。
 所々に、人や、動物達がまるで死んだように横たわっている。その上を雪は静かに降り積もり続けた。
 街中は、静寂に包まれていた。
 足音一つ聞こえず、聞こえるのは雪を含んで吹き荒れる風の音だけだ。
 この街の中心には噴水がある。
 吹雪はそこを中心として外側へ吹き荒れ、円を描くようにして街全体を包み込んでいた。
 空は、熱い雪雲で覆われ、星の光は届かなくなっていた。だた、紅色に染まった月の周りだけが、雪雲を退けるようにぽっかりと浮かんでいる。
 その噴水では、一人の少女が空を見上げていた。
 紅い月光は、その少女を照らし出した。
 少女の髪は、元は漆黒のような艶やかな黒髪だった。
 だが、紅い月光はその髪を、全身を紅く染め上げた。
 吹雪は、その噴水にいる紅い少女を中心にして吹き荒れていた。
「だーれも、いなくなっちゃった。仕方ないものね、それを私が望んだのだから。久し振りに……独りになった」
 オフィリアは、そう呟いて噴水の前に座り込む。
「前は……独りでも大丈夫だったのに、それが当たり前だったのに……あの子達に出逢ってから、それが当たり前じゃなくなっていく……私、どんどん弱くなるの」
 オフェリアは、誰に話す出もなく、独り言を呟いた。
「これ以上弱くなったら、私は……あの子を守れなくなる、決意が揺らいでしまいそうだから」
 そういって、オフェリアは月を見上げる。
「誰も、迎えてくれる人なんて、いなくていい。ただ、あの子を守れれば、私はそれでいいの。ねえ、この願い叶えてくれる?」
 見上げた月は、ただ無言でオフェリアを見下ろす。
「……そうね、誰に願っても、答は同じだものね」
 オフェリアは、そういって、その瞼を閉じようとした。
 だが、その目線の先に、何かの陰が過ぎった。
「まさか?」
 オフェリアは、それまで閉じかけていた瞼を開いた。
 吹雪は荒れ狂い、視界は一寸先ですら何も見えない。
 その中でその陰は、段々と大きくなり、近づいて来る。
 次第に陰は、こちらに向かって駆け出してきた。
 凍り付いた地面に軽快な音を立てて、それはオフェリアに向かって駆けてくる。
 その陰は、近づくにつれ段々と人の形を成し始めた。
 それは、オフェリアがよく知ったシルエットに変わっていく。
「オフィー!」
 その陰は、一目散にオフェリアの元へ走ってくると、その勢いのままオフェリアに飛びつき、抱き締めた。
「オフィ、見つかってよかった、探したんだよ」
 アンジェリカは、オフェリアをギュッと抱き締めたまま安堵の表情を浮かべる。
「……どうして?」
「どうしてじゃないよ、バカー!」
 アンジェリカは、オフェリアのその問に、力の限り声を張り上げて返した。オフェリアは、そのアンジェリカの強い態度に、思わずビクリとする。
「心配だったからに決まってるじゃない」
 そして、アンジェリカは、いつも皆に向けるような穏やかな笑顔を浮かべてそういった。
 だが、オフェリアは、そのアンジェリカの姿を見て、ギクリと体を強ばらせる。
 その明るいブロンドの髪は、凍り付いて白く染まっていた。鼻先には氷が張り付いて、その頬は青白い。唇も血の気をなくして紫色に変色していた。
「オフィ、遅くなっちゃったね、迎えに来たよ」
 アンジェリカはそういって、オフェリアの手を掴んだ。
「こんなに手が冷たくなっちゃうなんて、ダメだよ。早くあたたかい所に帰ろう、みんな、待ってるよ」
 アンジェリカは、オフェリアの目を真剣に覗き込む。
 そして、オフェリアの冷たくなっていた手を温めようと、両手で一生懸命にさすった。
 そのアンジェリカの手は、オフェリアの手と同じくらい冷たくなっているのにも関わらず。
「やめて!」
 オフェリアは、たまらなくなって、そのアンジェリカの手を振り解いた。
「もう、同情なんてやめてよ……見たでしょう? 私の魔法は、誰かを傷付けることしか出来ないのよ! だから、誰も私に近づいちゃいけないの!」
「違う! そうじゃないよ!」
 オフェリアがアンジェリカに向かってそう叫ぶ。
 だが、アンジェリカはオフェリアの言葉を否定した。
「オフィは、精霊を恐がってるだけなんだよ! 精霊は、いつもオフィを見守っているだけなんだよ。オフィを守りたいって、精霊はいつもオフィに語り掛けているの!」
「私は、精霊に守ってほしいなんて、思ってない!」
「どうして、そんな悲しいこというの? 精霊達は、こんなに……オフィのことを心配してるのに」
「私、こんな力なんて望んでない!」
 オフェリアは、思わず声を荒たげた。
 アンジェリカは、その言葉を受けて、少し悲しそう顔をする。だが、オフェリアに、こう言葉を返した。
「じゃあ……どうして、その力でこの街の人達を酷い目に合わせるの?」
 その問い掛けに、今度はオフェリアが戸惑った。
 だが、オフェリアは、アンジェリカに向き直ると、アンジェリカにこう告げた。
「それは……アンが、とても憎たらしかったから」
「え?」
 そのオフェリアの答えを聞いたアンジェリカは酷く驚いた。アンジェリカは、オフェリアをポカンとその大きく見開いた目で凝視する。
「私は……家族だった人達とはもう、縁を切ったの」
 オフェリアは、淡々とその話を始めた。
 アンジェリカは、オフェリアを凝視しながら、真っ直ぐその痛々しい視線を受け止める。
「だから、楽しそうな顔をして家族の話をするアンが、とても憎らしくて、許せなかった……我に返った時には……もう、取り返しが付かないことをやってたのよ」
 オフェリアは、そういってアンジェリカの目から視線を外して項垂れた。
「……ねえ、オフィ?」
 アンジェリカは、そんなオフェリアの瞳を覗き込んだ。
「どうして、もう取り返しが付かないなんて、思うの?」
「えっ?」
「大丈夫だよ、街の人達はみんな眠ってるだけで、この吹雪が収まれば、みんな爽やかに起き出してくるよ」
「……ウソ?」
「本当だもん、アンは正直者なんだよ。それにね」
 アンジェリカは、オフェリアの背中に手を回し、オフェリアをギュッと抱き締めた。
「ア、アン?」
「アンには、オフィが家族と同じくらい大事なんだよ。だから……アンと友達の縁を切るなんていわないでほしいよ。オフィは、アンにとってオフィは、とっても大切な友達なんだから!」
「友達?」
 オフェリアは、その言葉をもう一度繰り返した。
「うん、とっても大切なんだよ」
 その言葉を聞いた瞬間、オフェリアはアンジェリカを抱き締め返していた.。
「オフィ……ありがとう」
 そうすると、アンジェリカは、満足そうに微笑んだ。
 だが、次の瞬間、オフェリアを抱き締めていたアンジェリカの両腕から力は抜け、ダランと垂れ下がった。
 アンジェリカの全身から力が抜け、その重心はオフェリアに掛かる。オフェリアは、慌ててそれを抱き留める。
「アン?!」
「あれぇ、なんだか……眠い?」
 オフェリアは慌てて倒れこんだアンジェリカを噴水の淵に座らせた。
「オフィ、よく聞いて、精霊の力を使って出来る事は、吹雪を呼ぶことだけじゃないよ。光の雨を降らすことだって出来るんだから……光の雨を降らせて」
「光の雨?」
「精霊と力を合わせて。大丈夫、オフィなら……出来る」
 アンジェリカはそれだけいうと、力尽きたように目を閉じた。
「アン? ダメ! 目を開けて、お願いだから!」
 オフェリアは恐怖した。
 妹がベッドの上で発作を起こした時、そのまま二度とあの明るい笑顔が戻ってこないのではないかと疑ったあの感情が蘇る。
「もう……イヤなのに、もう、この世界に独りで取り残されるのは……もう、イヤなのに!」
 オフェリアは、冷え切ったアンジェリカの体を強く抱き締める。
「マリベルの命を救えるなら、私は他はどうだってよかった! 例え、何を失っても、マリベルさへ居てくれれば、他はどうだってよかったのよ! なのに、どうしてこんなに……涙が止まらないの? どうして!」
 オフィリアは、泣いていた。
 目から溢れ出した涙は、止まることはなかった。
 次から次から溢れ出し、それは頬を伝い落ち、白く凍った涙の結晶となって、大地にパラパラと落ちた。
 オフェリアは、痛くなるくらいに硬く両手を握り締め、空を見上げた。
 そして、ゆらりと立ち上がると、空に向かって叫んだ。
「精霊! 私の声が聞こえる? だったら、この吹雪を今すぐ止めて! アンを……アンジェリカを、私の友達をこれ以上苦しめないで!」
 その瞬間、突然の突風がオフェリアの周りに巻起こった。それは辺りを白く染め上げていた雪を巻き込み、天高く吹き上げる。
 そして、目の眩む程のの金色の光が、頭上から差し込んだ。それは、真昼の光のような強い輝きを放って、辺りを明るく照らしだす。
 
 オフィ オフィ
 
 その時オフェリアは、誰かに呼ばれた気がして、声のした方へ目線を向ける。
 すると、そこには幾つもの星々の光があった。
 その光は、突風に乗って舞い上がった雪に乱反射し、キラキラと輝いた。風に乗った雪花は、まるで花弁が舞うようにして天高く昇っていく。
「綺麗だね」
 オフェリアは、その声にハッとした。
「オフィなら、出来ると思ってた……オフィが降らせたんだよ、この光の雨」
 アンジェリカは、何時の間にはオフェリアの傍らに立っていた。
 アンジェリカは、オフェリアを嬉しそうに見る。
「アン、大丈夫なの?」
「うん、もう平気だよ。だってここ、もう、ちっとも寒くないじゃない」
「そういえば?」
 気が付けば、先程の凍えてしまいそうなぐらい冷たい冷気はウソのように消えていた。
「さっきいったじゃない、吹雪を呼ぶことだけが魔法の力じゃないって。オフィ、ちゃんと力を導けたじゃない」
「これを? 私が?」
「そうだよ、それにオフィは、精霊をちゃんと受け入れてくれたもん。精霊達、とっても嬉しがってるよ」
 
 オフィ ウレシイ セイレイ ウレシイ
 
 その時、オフェリアは小さな子どもの声を聞いたような気がした。
「えっ、今のは?」
「オフィにもやっと聞こえたんだね、精霊の声」
「精霊? これが、精霊の声、なの?」
 
 オフィ カナシイ? オフィ ウレシイ?
 
「オフィ、答えてあげて」
「答えるって、何を?」
「オフィのそのままの気持ち、云えばいいんだよ」
「私の、気持ち?」
 オフェリアは、考えた。
 本当は、アンジェリカが吹雪の中をくぐり抜けてきたとき、安心している自分がいた。
 それを嬉しいと思った自分自身がいた。
 
「嬉しかった」
 
 オフェリアは、素直にその気持ちを言葉にした。
 その顔には、強がりの冷たい仮面は消えて、素直な笑顔が溢れ出す。
 だが、その瞬間、オフェリアは目眩をおこした。
 全身に力が入らなくなり、オフェリアの体は、糸の切れた蛸のように、その場に崩れ落ちた。
「オフィ?!」
 アンジェリカは、へたり込んみそうになったオフェリアの体を慌てて支える。
「あれ? 私……どうしたんだろう?」
「そっかぁ、長い間に魔力を使い続けたから、疲れちゃったんだね。じゃあ、お家に帰って、美味しい物をいっぱい食べよう。そうすれば直ぐ元気になれ……あれ?」
 不思議そうな顔をしたアンジェリカは、オフェリアの顔に鼻を塚付けると、クンクンと臭いを嗅いだ。
「この……臭いは?」
「アン?」
「……まさか? オフィ……もしかして?」
 そして、アンジェリカの目は大きく見開かれた。
 その時、二人の耳に精霊の声音が飛び込んだ。
 
 コワイノ キタ
 
「え?」
 オフェリアは、それがどういう意味なのかわからず、キョトンとする。だが、その時アンジェリカ表情は、ギクリと強ばった。
「アン?」
「オフィ……大丈夫、だからね」
 そのアンジェリカの様子を怪訝そうに見たオフェリアに、アンジェリカは強ばったままの笑顔を向ける。
 そして、その場で動けなくなったオフェリアの上半身を抱き抱えると、噴水の陰になっている所に移動させた。
「静かにして、声を立てないで」
 アンジェリカは、口元に人差し指を立てて、オフェリアに声を立てないようにと促す。
「大丈夫だよ……怖いのは、直ぐいなくなるから」
 アンジェリカはそういって、オフェリア笑顔を向けた。
 そのアンジェリカの笑顔に不安を憶えたオフェリアは、アンジェリカを捕まえようと精一杯手を伸ばした。
 だが、その手は空を切る。
 アンジェリカの姿は、オフェリアの視界から消えた。
 
「また、アンを連れ戻しに来たの?」
「こんな得体の知れない力を持った危険人物を、野放しには出来ないからね。だが……なんて素晴らしい能力だ」
 それは、何かに酔いしれるような熱っぱい口調で、それはオフェリアに嫌悪感を抱かせる。だが、その嫌悪感を抱いたのはオフェリアだけではなかった。
「アンは、アンタのそのいやらしい目つき、大っ嫌い!」
「いやらしいだと? やはり子ネズミにはわからないとみえる、この知的探求心と、千年王の偉業はな!」
「そんなの知らないよ! アンの友達に酷いことをしようとするヤツは誰だって許さないんだから!」
 アンジェリカは、その人物にそう言い放つと、精霊句を唱え始める。
「古より 我等の守護たる 白き光よ!」
 すると、辺りはアンジェリカを中心に白銀色の光が輝き始めた。
『子ネズミの分際で生意気なことをする!』
「アン達は、アンタなんかに負けたりしない、絶対に!」
 アンジェリカの凛とした声で、そう叫んだ。
 そこで、オフェリアは意識を手放していた。
 そして、この時オフェリアは確信をもった。
 ミラーナ学園には、何か秘密があると。



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