LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第14話
暗闇の先
 
 
 カツン カツン カツン
 
 その靴音は、深い暗闇の中でカツンと音を立てた。
 人気のない廊下はシンと静まり返っている。
 いつもなら、窓の外の月は高いところまで昇り、その場をうっすらと照らしているはずだ。
 だが、その日は、空には分厚い雲が地上に届けるはずの光を遮っていた。
 地上には微かな星光さへ届かず、そこにあるのは暗闇だけで、世界から色彩は消えていた。
 その中を微かなランプの光を頼りに、近づく陰がある。
 彼等は、その場に息を潜め、それが通り過ぎるのを待っていた。
 ふと、その足音がピタリと止まった。
 彼女は、徐にランプの明かりを壁の方に向ける。
「……気のせい、よね」
 そう呟いた彼女は、ランプの光を壁の方から離した。
 
「今日は疲れたわぁ、もう寝てしまおうかしら」
 そして、ゼラ先生は、小さな欠伸を噛み締めながらそう呟くと、元来た廊下を戻っていった。
 
 
「……気付いたかな、ゼラ先生?」
 そこには誰もいないはずの場所から、その女の子の心配そうなヒソヒソ声は響いた。
「きっと、見逃してもらえてるんじゃないかな?」
 その女の子の小声に、その男の子の声が答える。
「大丈夫だろ? 全然気付いた風に見えなかったし」
 そして、その脳天気な男の子の声がそこに加わる。
「そんな事より、早く行きましょう。いくら姿を隠せる結界が張ってあるからって、油断をしてられないわよ」
「そうだよね。じゃあ、移動しちゃおうか、みんな」
 また二つの別の声がそういうと、その廊下の行き止まりにある扉が、ガチャガチャと音を立てた。
 そして、その鍵が掛けられていたはずの扉は、カチリと軽快な音を立てる。
「開いたよ、やったね」
「すごーい! 凄いね、アン」
「すごいな、今度オレにも開け方教えてくんない?」
「ボクにも教えてよ」
「……そんな事より、さっさと先に行きましょう」
 小さなため息混じりの声がすると、その扉はゆっくりと外側へ開いた。
 扉の外側は、真っ暗な夜の闇だけがあり、先があまり見通せない。
「月明かりぐらいあってもいいのに……で、一体どうするの? 引き返すなら今の内じゃないかしら?」
「そんなのダメだよ、アン達は……帰らなきゃ。オフィ、外に出たら結界を解こう」
「そうね」
「じゃあ、出発進行だな。オレ、なんかワクワクしてる」
「緊張感のない人ね」
「そうか? でも、やっぱり楽しいよな」
「うん、実はボクもケインと同じ気持ちなんだ」
「私もケインの気持ち、私もよくわかる。楽しくて、みんなでいれば何だって出来るような気がするの」
「……見つかる前にさっさと行きましょう」
「そうだよね、早くお家に帰らなきゃ」
 その女の子の声がそういうと、その扉は閉められた。
 
 
「やっと外まで出られたな。後は、壁に向かって移動すればいいんだっけ?」
「そのはずよ、その前に結界を解くから。そうね、あの木の陰に入りましょう。アン」
「わかった、何時でも準備OKだよ」
 その声の主達は、靴音を忍ばせながら、大きな木の陰まで移動する。
 そして、二人の精霊句の唱和が響く。
 
「古より 我等の守護たる 白き光よ
 世界を満たせし水衣 我等の傘たる光り衣
 その虹の衣を今解き 世界に満たせし 雫と返さん」
 
 その唱和が終わると、暗闇の一角が微かに光を放った。
 その光りは、虹色の輝きを放ち、小さく円形に広がる。
 そして、光は泡が弾けて消えるようにして消え去った。
 その光の弾けた場所には、5つの陰が現れた。
 その少年達は、雲の間から垣間出た微かな月の光に照らされる。
「上手くいったね、オフィ」
 そういってアンジェリカは、オフェリアに声を掛けた。
「使い慣れてない魔法にしては、上出来かもね」
 オフェリアは、澄ました顔をしてそう答える。
「けど、これはアンと、オフィが二人で創ったオリジナル魔法だもん。失敗なんてしないよ」
「それはそうだけど、私達二人の力を合わせないと発動しないのは、どうにか改良しないとね」
「そだね、これからの課題だよね」
「だけど、スゴイよな。まさか、オリジナルの魔法を創り出すなんてさ。まさにビックリだよ、オレ」
 そこでケインが、その二人の間に割って入ってきた。
「それを創ろうと言い出したのは、アンよ」
「あのね、オフィの持ってる水の力と、アンの持っている水の力を合わせたら、何か出来るような気がしたの」
「姿を消す魔法しか出来なかったけれど」
「あのさ、もしかして、ボクと力を合わせても何か新しい魔法出来たりするのかな?」
 その話を横で聞いていたフウマが、目を輝かせる。
「きっと、フウマの持ってる力とでも、何かが出来るはずだよ、楽しみだよね」
「そんなことより、先へ進むのなら、こんな無駄話をしている暇なんてないのだけれど」
 オフェリアは、和気藹々としていた空気に水を差した。
 だが、それまで空から漏れ出さした微かな月の光を仰いでいたメアリが、四人の中に加わってきた。
「そんな事よりみんな、あれを見て」
 メアリは、上空に微かに姿を現した月を指差した。
 皆は、そのメアリが指差した先に目線を移す。
 すると、そこには月から円を描くようにして七色の光りが放たれていた。
「雨が降らなくて、よかったね」
 メアリはそういって、オフェリアに笑いかける。
「エ? え、ええ、そうね」
 オフェリアは、思わずその場に漂う和やかな空気に流されそうになる。だが、直ぐにその空気に流されまいと、顔を引き締め、話題を変えた。
「それで、さっきから気になってて、あえて聞かなかったのだけど……メアリ、その荷物は一体何?」
 オフェリアは、メアリが肩から下げている鞄を指差した。それには、何かが一杯になるまで詰め込まれていた。
「うん、これはね」
 メアリは、嬉しそうな表情を浮かべ、その鞄を開けた。
 すると、その中には、はち切れんばかりにお菓子が詰め込まれていた。
「みんなで食べようと思って持ってきたの。クッキーでしょう、キャンディーでしょう、チョコレイトでしょう、それから……オフェリア、どうしたの?」
 メアリは、無邪気な顔をして、鞄の中に詰め込まれているお菓子の説明を始めた。
 その様子に、オフェリアは大きな脱力感を覚える。
「一体……何を考えているの?」
「オレはさ、そのケーキが食べたいな」
「じゃあねぇ、アンはチョコレイトがいいなぁ」
「ボクはね、クッキーがいい」
「はい、召し上がれ。食べながら歩こうよ」
 そのオフェリアの質問は誰も聞くことはなく、そこで移動しながらの長閑なオヤツタイムが始まった。
「オフェリアも食べる? えっと、クッキーでいいかな」
「……そうね、それじゃあ、キャンディーを頂くわ」
「はい、どうぞ」
 その追求を諦めたオフェリアは、大人しくメアリからキャンディーを1個受け取った。
 オフェリアは、その可愛らしい包み紙を開けると、その中にある飴玉を口の中に放り込んだ。
 口の中に甘味と、甘い香りとが広がっていく。
 
 それから、五人はお菓子を食べ歩きながら目的地に向かって歩き出した。
 先頭をランプを持ったケインが歩き、その後ろをアンジェリカ、メアリ、オフェリア、そして、最後尾にフウマ着いていく。
 このオフェリア達がいるミラーナ学園は、それ程広い敷地に立てられているわけではない。ここにあるのは授業を受けるための施設が入った本校舎と、オフェリア達が寝泊まりしている宿舎、そして、授業を教える教師達寝泊まりしている教員用の宿舎がある。
 その建物の周りは高い壁に囲まれていて、外からの侵入することも、中から外に出ることも難しかった。
「見えてきたぜ」
 先頭を歩いていたケインが、皆にそう声を掛けた。
 そして、手に持ったランプを高く掲げ、その目標物を照らし出す。
 すると、オフェリア達の目にも、目の前に立ちはだかっている大きな壁が飛び込んできた。
 アンジェリカは、それを目にするなり、一直線にそれ目掛けて駆け出した。
「今度こそ!」
 そして、その正面まで辿り着くと、キッとそれを睨み付ける。
「やっぱり、デカイよな」
 そのアンジェリカに追いついたケインは、改めてその巨大な壁を、首を目一杯上げて見上げた。
 それは、ケインの身の丈の十倍以上の高さがあり、大きなハンマーで叩いてもビクともしないような、いかにも頑丈な造りをしていた。
「すごいや、全く向こう側が見通せないなんてさ」
「・・・・・・」
 そこで、オフェリア、メアリ、フウマが、ケインと、アンジェリカに追い付く。
 フウマは、その光景を素直に驚き、メアリは不安そうにそれを無言で見上げた。
「……で、どうやってこれを乗り越えるつもり?」
 そして、オフェリアは冷静にその事を皆に尋ねた。
「そりゃ、登るんだろ?」
 ケインは、当然だろうといわんばかりにそう答える。
「それで、その登る方法は?」
「えっと……そうだなぁ?」
 ケインは、オフェリアにそこまでいわれて、初めてその事を考えたようだった。ケインは、目の前にそびえ立つ壁を腕組みをして、う〜んと唸りながら見上げる。
「よしっ!」
 そして、片手を固く握りしめ、皆にこう告げた。
「作戦会議だ! みんなで知恵を出し合おう!」
「やっぱり……そういうことになるわけね」
 オフェリアは、容赦のないジト目でケインを睨んだ。
 ケインはその眼力に押されるように、一歩後ずさる。
「大丈夫だよ、ケイン」
 その時、その二人の様子を微笑ましそうに眺めていたアンジェリカが、みんなの前に進み出た。
「そーいう時こそ、アンにオマカセだよ!」
 アンジェリカはそういうと、肩から下げていた鞄の中から長い紐の付いた道具を取り出した。
 それは、先端の部分が何かを引っかけるようにフック状に曲がっていた。
 アンジェリカはその先端が付いた紐を方を短く持つと、勢いを付けて円を描くようにして振り回した。
「そーれ!」
 そして、ある程度勢いが付くと、それを空高く放り投げた。それは、スルスルと紐ごと飛んでいく。
 少し間があって、カチンという金属音がした。
 アンジェリカは、手元に残っている紐の端をグッと手元に引っ張って、その縄がピンと張ったのを確認する。
「それじゃ、また後でね」
 アンジェリカはそういうと、壁に足を掛け、縄を伝って壁を登り始めた。
 皆が呆気に取られている中、アンジェリカはそれを気に留める事もなく、アッという間に見えない所まで登っていってしまった。
「それより……これで、ボク達も上まで登れるのかな?」
 フウマは、そういって苦笑いを浮かべた。
「確かに、そうだよな」
 ケインもそういって、縄の続いている先を目で辿る。
 その時、上から何かが振ってきた。それは丁度、上を見上げようとしたケインの頭に直撃する。
「ケイン?! 大丈夫?」
 メアリは、その直撃を受けて頭を抱えたケインの様子を慌てて覗き込んだ。
「痛てぇ、何が振ってきたんだよ?」
 ケインは、頭の上に乗っかっているそれを掴む。
「これは? 縄梯子、だよな」
 ケインの頭を目掛けて振ってきたのは縄梯子だった
「……そ、そうか!」
 ケインは、ポンと納得したように手を合わせた
「もしかして、これを登ってこいってことだよな!」
「もしかしなくても、そうよ」
 そのオフェリアの容赦のない言葉に、ケインはビクリとする。だが、直ぐに気を取り直した。
「よし! オレが一番最初に登る。いいよな、それで?」
「じゃあ、次はボクが行くよ」
「・・・・・・」
「それだったら、早く先に行ってくれない? 後が支えてるんだから」
「まかせとけって!」
 ケインは、そういってオフェリアに笑い返した。
 そして、縄梯子に手を掛けて、登りだそうとした。
「ま、待って! ケイン」
 その時、それまで不安そうな面持ちでみんなの様子を見ていたメアリが、ケインを引き止めた。
「どうした、メアリ?」
 ケインは、不安そうな表情をしたメアリに聞き返す。
「ケイン……ちゃんと、戻ってくるよね?」
「メアリ?」
 ケインは、そのメアリの問い掛けの意味がわからず、首を傾げた。
「なんだか……この先に行ったら、戻ってこられないような気がして……何も道標もない所で迷って、そのままみんなと離れ離れになってしまって……この暗い中を彷徨って、もう、二度と戻ってこられなくなったら……?」
 メアリは、ケインの服の裾を握り、ケインに今にも泣き出しそうな顔を向ける。
「メアリ、大丈夫だ」
 そんなメアリに、ケインは気丈な笑顔を向けた。
「もし、メアリが迷子になったら、オレが必ず探し出してやる。だから、オレを信じて着いてこい。いいよな?」
「ケイン……うん、わかった」
 すると、メアリは安心したようにケインに微笑んだ。
「よし、行くぞ!」
 そして、ケインは拳を振り上げ、縄梯子を登っていく。
「じゃあ、ボクもいくね」
 その後に、フウマが続いて縄梯子を登っていった。
 そして、メアリがその後に続こうと、縄梯子に手を掛けようとした。
 だが、メアリはその手を引っ込めると、後ろにいたオフェリアに向き直った。
「メアリ?」
 オフェリアは、メアリのその真剣な様子に眉を潜める。
「オフェリアも……何処にも行ったりしないよね?」
「え? 私?」
「私の知らない遠い所へ行ったりしない……よね?」
 メアリは、ひどく真剣な目をして、オフェリアを見る。
「……ええ、そうね」
 オフェリアがそう答えると、メアリは心の底から安心したような笑顔を見せた。
「そっか、そうだよね。じゃあ、私も行くね」
 メアリは、その表情に明るさを取り戻すと、縄梯子を登っていった。
「……たぶん、ね」
 そして、そんなメアリの背中を眺めながら、オフェリアは小さな声でそう呟いた。



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