LIBERTY
TRABELERS
Episode2 第13話
オカエリナサイの魔法
 
 
 その部屋には、甘い香りが立ちこめていた。
「ケイン、みんな、お皿いきわったったかな?」
「オーケー、バッチリ配った」
「メアリ、お湯どれくらいで沸きそう?」
「もう少ししたら沸くと思うよ」
「フウマ、お菓子配るから手伝って」
「わかったよ、今日はクッキーかな?」
「ううん、今日はパンケーキだよ」
 アンジェリカは、周りにテキパキとお茶の用意を指示していた。
 ケインは、みんなにお皿を配り、メアリは火の魔法を使ってヤカンにお湯を沸かし、フウマはアンジェリカと共にお菓子を用意しようとしている。
 オフェリアは、あれからアンジェリカに手を引かれるまま、アンジェリカの部屋へ連れてこられた。
 そして、そのままアンジェリカはオフェリアに椅子を勧める。
 そこへオフェリア戸惑いながら、そこに腰掛けるのをアンジェリカは満足そうに見届ける。
 それからメアリは慌ただしくテーブルクロスやら、お茶のカップやら、お菓子やらを持ってきてテーブルの上に並べ始めた。
 
「……ねえ?」
「うん?」
 慣れた動作でパタパタと動き回るアンジェリカに、オフェリアは声を掛けた。
「何のつもり?」
「何って?」
 オフェリアの問い掛けに、アンジェリカは屈託のない微笑みを浮かべて、そう問い返した。
「あなた、何を企んでいるの?」
 そのオフェリアの問い掛けに、メアリと、フウマがその動きを止めて、二人の方に視線を投げかけてくる。
 だが、アンジェリカはあっけらかんとこう答える。
「何って? そんなの決まってるよ! オフィを幸せにするために魔法を掛けてるの」
「答えになってないわね、それ」
「そうかな?」
「人を幸せにする魔法なんて、ありえない」
 オフェリアは、冷たい声音でそう言い切った。
「どうして、そんな事いうの?」
「当たり前でしょう? 魔法っていうのは、特別な人間だけに与えられた、特別な力だもの。それ以上も以下もありはしないわよ」
「そんなことないよ、アンの使う魔法は、みんなを幸せにするためにあるんだから」
「……馬鹿馬鹿しいわ」
 真剣な顔をしてそう力説するアンジェリカを、オフェリアは冷たい眼差しで一瞥すると、席を立ち上がった。
「付き合ってられない。帰らせてもらうわね」
 そして、オフェリアはそう言うと、部屋の玄関がある方に向かおうとした。
 だが、その方向に立ちはだかる者がいた。
「どきなさい」
「ヤダ。だってお前、アンのパンケーキ食べてないだろ。もったいない事すんなよな」
「お前ですって? あなた、何様のつもり?」
「ケインさまだ」
「・・・・・・」
 そう、きっぱり言い切ってオフェリアの前に立ちはだかったのは、ケインという男の子だった。
 ケインのそのハッキリした言いように、オフェリアは暫し呆れた。だが、我に返るとケインを睨み付ける。
「そんな物言いをする人……初めて見るわ」
「オレも、お前のような失礼なの、初めて見るな」
 ケインは、オフェリアの眼光に怯まなかった。
 それどころか、少し怒ったような顔して、オフェリアを睨んでいる。
「本気で美味いんだぞ、アンの手作パンケーキ!」
 そういうと、ケインは皿の上に重ねて置いてあったパンケーキを一枚摘むとオフェリアに差し出した。
「いらないわ、そんな得体の知れない物」
「へえ……やっぱりな」
 ケインは、そういってニヤリと笑った。
「な、何よ?」
「パンケーキ、食べたことないんだろ?」
「そ、そんなこと!」
「やっぱり、ムキになっているってことは図星だろ?」
「ち、違うわ!」
「オフィ、食べたことないの? パンケーキ」
 すると、アンジェリカが大きな目を見開いて、驚いた声を上げる。
「違うわ。こんな物、私は食べたいなんて一言もいってないじゃない? ハッキリ言えばいらないし、あなた達からご馳走してもらう理由が見あたらないのよ」
 オフェリアは、淡々と冷めた口調でそう理由を述べた。
「なんだ、そんな事?」
 だが、アンジェリカは、そのオフェリアの冷たい態度に動じることはなかった。そして、こう言葉を続けた。
「誰かに喜んでもらう事をするのに、理由なんていらないんだよ。オフィは、そんな事気にしなくてもいいの」
「……こんなお菓子ぐらいで、私が喜ぶはずないじゃない。自惚れないで頂けるかしら?」
 それでも、そのアンジェリカの微笑みに、オフェリアは表情を崩すことはなかった。
「そっか……わかった。今日はオフィに、取って置きの魔法を見せてあげる!」
 アンジェリカは、そういうと、テーブルクロスの掛かった机の下にもぐり込んだ。
 そして、そこからガタガタと何かを動かす音がする。
 アンジェリカは、白いテーブルクロスを捲って、そこから出てくると、手に小さな袋をを握っていた。
「ねえオフィ、これ何だかわかる?」
「え?」
 アンジェリカは、オフェリアがわからないという顔をすると、楽しそうに口元を綻ばせた。
「これはね、パンケーキの元になる魔法の粉なんだよ」
「……付き合ってられない」
 オフェリアは、呆れたようにそういうと、再び足を部屋の外へ向けて踵を返す。
「オフィ、待ってよ。本当にこれ、魔法の粉なんだよ」
「アナタ、気安いわよ。馴れ馴れしくしないでくれる」
「あっ」
 アンジェリカが、オフェリアの腕を掴んで引き止めようとした。だが、その手をオフェリアは払い除けた。
「おい、いいかげんにしろよ」
 今度は、その様子を見かねたケインが、オフェリアの腕を掴んだ。
 だが、それをアンジェリカは強い調子でで引き止める。
「ケイン、乱暴しちゃダメだよ!」
「乱暴なんかしないって! ただ、こいつがアンが折角作ったパンケーキ、食べないで行くっていうからさ!」
「そっか、そうだね。じゃあお持ち帰りにして、オフィに持って帰ってもらえばいいんだよ」
「アン、そういう話じゃないと思うよ、ボク」
「そうだよ、オフェリアさん怒らせちゃダメだよ」
「大丈夫だって、怒りっぽいのは美味しい物を食べてないからに決まってるだろ? アンのパンケーキを食べたら機嫌なんて直ぐ治るって」
「ちょっと、勝手に話を進めないでくれる!」
「オフィ、今すぐ持って帰れるように用意するね」
 オフェリアの言うことを全く聞かず、アンジェリカはパンケーキをテーブルの下から取り出したバスケットに詰め込み始めた。
「いらないって言ってるでしょう! 放っておいて!」
 オフェリアは、そう言い放ってケインの手を振り払う。
「ダメ! オフィ!」
 それとほぼ同時に、アンジェリカの鋭い声が飛んだ。
 その瞬間、オフェリアの周囲の気温が突然グンと下がった。
 そして、オフェリアの周りに幾つもの半透明の氷の粒が空気中に出現した。
「落ち着いて、オフィ! 自分を信じなきゃダメだよ!」
「え?」
 そのアンジェリカの声に、オフェリアは、そう小さく問い返す。
 
『古より冷気を司りし 白き精霊よ!
 我が声に耳を傾けたまえ!
 我 混沌たる声音を退け 静寂と安定をを望む者』
 
 その時、アンジェリカの顔付きが、凛としたものに変わった。アンジェリカは、声を上げ、精霊句の詠唱する。
 
『精霊よ! 我が声に耳を傾け 静寂たる原始の姿を取りもどさん その白き力を解き給え!』
 
 すると、オフェリアを取り囲んでいた無数の氷の粒は、白い水蒸気に変わり、霧散して消え失せた。
「・・・・・・」
 その事態は収まった。
 ケインは、直ぐさま無表情なオフェリアの両肩を掴み、怒鳴りつけようとする。
「オマエな! いくらオレ達が気に入らないからって、魔法をぶつけてくる事はないだろう! オマエ、オレ達を殺す気か?!」
「・・・・・・」
 だが、オフェリアは眉一つ動かす事なく、ケインをキッと睨み付ける。
「おいっ、何とかいったら……!」
「ケイン! やめてあげて! 怒っちゃダメ!」
 そのオフェリアと、ケインの間に、アンジェリカが割って入った。
「アン?!」
「ダメだよ……恐がったりしちゃ。恐くないよ、大丈夫」
 アンジェリカはそういってオフェリアの瞳を覗き込むと、両手を拡げ、オフェリアをそっと抱き締めた。
「大丈夫だよ、オフィは、誰も傷つけてなんかないよ」
 その瞬間、オフェリアは驚いたように目を見開いた。
「誰も傷つけて……ない?」
「うん」
 アンジェリカは、そういってオフェリアを抱き締める手に力を込める。
「恐かったんだよね、オフィは? 精霊は目に見えないから。その分、よけい恐かったんだよね?」
「・・・・・・」
「精霊はね……アン達がオフィに何か悪い事すると思ったから、アン達を懲らしめようとしただけなんだよ。だから、そんなに恐がらなくてもいいんだよ?」
「でも……殺す気かって? 私、そんな気全くないのに」
 そのオフェリアの言葉に、ケインはハッとする。
「……悪かった」
 そして、気まずそうな顔をして謝った。
「……謝らなくたっていい」
 だが、オフェリアは早口でそう言葉を呟いた。
「だって、また力が暴走したら、今度は本当に……誰かの命を奪ってるかもしれないのよ?」
 そのオフェリアの言葉に、その場にいた皆が押し黙る。
「だから、私なんかと関わっちゃ……!」
「巫山戯るな!」
 オフェリアの言葉が終わらないうちに、その鋭い声が飛んだ。
「誰かが誰かと関わっちゃいけないなんてこと、あるわけないだろ! 何で、そんな寂しい事いうんだよ?!」
 ケインは、アンジェリカに抱きつかれて動けなくなっているオフェリアに向かって、怒鳴りつけた。
「……ケ、ケイン?」 
 アンジェリカは、そのケインの剣幕に呆気に取られ、キョトンとする。
「変な心配するな、オレは不死身だ」
「え?」
 ケインは、真剣な顔をして、オフェリアにそういった。
「例え死んでも生き返ってくるから、大丈夫だ」
「死んだ人が、生き返るわけないじゃない!」
「例えばっていってるだろ? オレは、あんな冷気位で死ぬ気はないっていってるんだ。というか、人を勝手に殺すなよな!」
「・・・・・・」
 オフェリアは、そのケインの物言いように暫しの間呆気に取られた。だが、それは次第に珍しい物を見るような眼差しに変わる。
「……そんな事いう人、初めて。アナタ、おかしな人ね」
「あのさ、オレはアナタじゃなくて、ケインって名前がちゃんとあるんだよ」
「ケイン?」
「そうそう、オレ、堅苦しいの苦手だからさ、オフィも気軽にそう呼んでくれてかまわないって」
 そういったケインの顔は、怒気が消えて、先程までの陽気な笑顔に戻っていた。
 そのケインの笑顔につられる様にして、オフェリアは口元を綻ばして、少し笑った。
「……オフィじゃなくて、私の名前はオフェリアよ」
「どっちでもいいだろ?」
「よくないわよ」
「なら、別にオフェリアって呼ぶって事で、決まりだな」
「私も、オフェリアでいいと思う、呼び方」
「ボクも賛成」
 そのケインの決定に、メアリと、フウマが賛同する。
「えー、絶対オフィって呼ぶ方がの方がカワイイのに」
 だが、アンジェリカだけはそれに異を唱えた。
「やっぱり、オフィはオフィだよ。ねっ?」
 そして、アンジェリカはそういってオフェリアの背中を優しく撫でると、抱きついていた体を離した。
「ところでオフィ、オフィにはオカエリナサイの魔法、まだ見せてなかったよね?」
「何、それ?」
「うん、きっと驚くよ。みんな、準備の続きしよっか」
 そうアンジェリカが声を掛けると、皆はテキパキと動き始めた。
 机の上には、平たくて丸い形をした鉄の板が置かれる。
 そして、先程アンジェリカがオフェリアに見せた魔法の粉という物が入った袋を開け、それを半円型をした入れ物にある程度入れると、そこに何処から取り出したのか、牛乳と、卵を割って入れ共に掻き混ぜる。
 そして、熱した丸い形をした鉄板の上に、それをポタポタと幾つかの塊に分けて流し込む。
「それでね、これに蓋をして、暫く待つと出来上がるの」
 暫くして、いい匂いがしてくると、その蓋を開く。
「凄い……本当に素敵な魔法ね」
 それを初めて見たオフェリアは、感嘆の声を上げた。
 
 
 それから、オフェリアはケインや、アンジェリカ達とよく一緒にいるようになった。
「ねえ、この道を通れば、外に脱出出来るんだよね?」
「そのはずよ、何日も掛かってやっと導き出せたココの抜け道だもの」
 オフェリアは、机の上に手作りの地図を拡げていた。
 そこには、この学園の隅から隅まで調べ尽くした詳しい見取り図が出来ていた。
 地図の彼方此方には、幾つもの細かい書き込みが赤や青い字で踊っている。
「やっとここまできたかぁ」
 ケインが、椅子の上で胡座をかいて大きく伸びをする。
「ホントに、全く計画性のない行き当たりバッタリの脱走を繰り返しても、上手くいくはずないのに」
「あー、それひどいよぉ、オフィ」
 そのオフェリアの反応に、アンジェリカがじゃれ付く。
「でも、オフェリアが身方になってくれて、ホントに良かった。私、それだけで嬉しい」
 そういってメアリは、テーブルの上に入れ立てのお茶を全員分並べていく。
「そうだよ、オフェリアがいるからボク達、ここまでちゃんとやってこれたんだと思うよ」
 そのいって、フウマはテーブルの上に並べてある皿の上にパンケーキを配っていく。
「今日は、パンケーキ?」
「うん。オフィ、パンケーキ好きだよね?」
「そ、そうね」
 オフェリアは、少し嬉しそうな顔をしてそう答えた。 



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